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静寂とぬくもりと、 無前のひと・3
ぬくもりが心地よくて、手にしたそれを腕の中に抱え込んで頬を寄せた。
それが何であるのかなんて考えなかったし、どうでも良かった。
あたたかくて、気持ち良かったから。
ジュダルにとっては、理由や原因、経過などはいつだって取るに足らない事象でしかない。
目の前にある面白そうな、心地良さそうなものが全てで、それだけあれば十二分に世界は回った。
だからまともに物を考えた試しはないし、そうしようとも思わないし、またそうする必要もなかった。
そう、だから。
今回のことだって、今だって、選んだのはただそこにいたから、で。
それ以上の理由なんて存在しなかった。その筈、だったのだ。
少なくともきっかけは。
目が覚めたのは、とん、と肩を叩かれたからだ。
正確には叩かれたというより、何かが乗ってきたと表現するべきか。
普段ならその程度で起きたりなどしないはずなのに、何故か。その時は、珍しく意識が浮上した。
薄く目を開けて、先ずは自分が何かを掴み腕の中に抱えるようにしている事に気付く。
見ればそれは、手だった。
ジュダルに抱え込まれて窮屈だろうに、その手はどこか無防備に投げ出されどこか預けられているようにも見えた。
あったかかったのはコレかあ、と寝ぼけ眼で手の先、その持ち主へと視線を向ける。
横向きに寝転がるジュダルの目の前で、その人物は寝息を立てていた。
ジュダルが最近ちょっかいを出しに行くことが多い、チビのマギが選んだ王候補。
アリババは、ジュダルと向き合うような体勢で眠っていた。
目が覚めるきっかけとなった、ジュダルの肩に乗せられているものはアリババの手で。
おそらくは寝返りを打った拍子にでもこうなったのだろう。
「……寝にくそー」
アリババの片手を掴んでいるのは他でもない自身でありながら、他人事のような口調で呟いた。
寝転んだままもぞりと動き、そう離れていなかった距離を更に詰める。
気配を感じたのか、アリババが小さく身じろいだ。だが、結局その瞼が持ち上がることはなく。
「睫毛まで金色じゃん」
伏せられた眼を縁取る睫毛を間近に見て、感嘆の息を漏らす。睫毛の長さが分かる程までに、近い距離。
煌帝国に籍を置くジュダルにとって、アリババのような金髪は目新しかった。自身も含め、周囲は大概が黒髪だからだ。
そろりと片手を伸ばし、髪に触れてみる。
少し持ち上げて、ぱらぱらと落とす。揺らめくたびに、金色が煌めくようだった。
夜の闇の中で、そんなはずはないのに。確かに、そう見えた。
「……んー……」
繰り返していると、流石にうるさくなったのかアリババがむずがる子供のように首を振って。
ジュダルの手から逃れるように、寝返りを打とうとした。
だが、片手は未だジュダルが掴んだままだ。いや、捕らえていると言った方が近いかもしれない。
思うように動けない事が窮屈で不快なのだろう、アリババが僅かに眉を寄せる。
しかしそれを見ても、ジュダルは抱えた腕を放そうとはしなかった。
目を覚ましてしまうかもしれない、その危惧よりも、触れる熱を放すことの方が耐え難いものだった。
結局、アリババは起きなかった。
微かに残る酒の匂いと、抱えた手のひらに在る無数の擦り傷を見て余程疲れているのだろうと思う。
そもそも、今日この寝台に潜り込んだ時、アリババはまだ戻って来ていなかった。
前回のように寝込みを襲ったわけではないのだから(この言い方には若干語弊を感じるが)、帰って来た時にジュダルを見つけたはずなのだ。
つまり、ジュダルを起こして追い出そうと思えば、出来たはず。なのに、そうはされなかった。
単に面倒だったのか、それとも。もっと別の理由が、何か、あるのだろうか。
髪を弄っていた手を、ぺたりと頬に当ててみる。触れた肌はやはり、暖かかった。
ジュダルは気付いていない。寄り添うその体勢が、格好が、まるで男女の戯れのそれのようだ、という事に。
双方ともにそんな意識がないのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。
眠る顔はすでに穏やかさを取り戻していた。
それを間近で見つめながら、考える。
俺はどうして、ここに来たんだろう。
気に入っているシンドバッドでも白龍でもなく、からかいがいのあるチビのマギでもなく、コイツの所に、なんで。
そんでコイツは、どうして俺を追い出さないんだろう。
握った手を離したくないのは、なんでなのか。
今まで思考したことなどなかった、自分の行動の理由、そして相手の想い。
そんなのどうでもいいと思うのも確かなのに、何故か無視出来なかった。
手首を捕らえていた腕をそろそろと離して、その手を握ってみる。
「……うん」
こっちのが、なんかいー。
一人ごち、満足して笑った。
余計なことを考えてしまうのは、きっと夜のせいだ。あまりにも静かで、心を乱されるような気がするからだ。
自分が自分でなくなるような思考は、好きじゃない。それは面白くない。
だけど。
ジュダルは握った手を両手で包み込むと、宝物を手にした幼子のように胸元に抱え込んだ。
そうしても尚、手は振り払われなかった。
ここに来た、ここにいる理由などそれだけで充分だと思えた。
暖かいから、もうそれだけでいい。
耳に痛いほどの静寂の中で、圧し掛かって来るような暗闇の中で、触れ合い分かち合う体温だけが確かなもので、唯一の真実だった。
握った手だけが、たった一つのよすがであるかのように。
例えばそれが、宵闇の中でだけしか交わらないぬくもりであるのだとしても。
ただ寄り添い合う姿は、疲れきって眠る子供のようだった。
夜の暗闇は、それをも密やかに包んで覆い隠していった。
END
無前のひと三作目はようやくジュダル視点。
何やら段々と感情が進行している模様?