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唐突に腰に回された腕に抗議の声を上げたのは、驚いた拍子に持っていた本を落としそうになったからだ。
手にしていたのはハードカバーの本だったから、足の上にでも落とそうものなら大変な事になっていた。
本は好きだが、それで怪我をするのはまた別だ。というかそもそも、余程特殊な性癖でも持っていない限り、怪我をすることを歓迎するような人間はいないだろうが。
落とさなかった事に安堵しつつ、邪魔をしてきた人物を睨む。
「俺は仕事中なんですけどぉ、ボス?」
「見りゃ分かる」
「分かってるんなら、邪魔すんなっつの!」
振り払いたいのだが、抱えた本(ハードカバー、しかも大判ばかり)があるせいで上手くいかない。
カシムの腕はそれを見越しているかのように、器用に腰に絡みついていた。
「これはこっちだろ」
「え……あ、ホントだ」
体勢はそのまま、一番上に乗っていた本をカシムの手がひょいと取り上げる。
それを迷う素振りも見せず、棚に入れた。
もう一冊、もう一冊。流石に持ち主だけあって、本を見ただけで直ぐに何であるかは分かるらしい。
「終わり」
「あ、ありがとう」
「いえいえ? じゃあ、暇になったよな?」
にっこり、という擬音が聞こえてきそうな程に清々しい笑顔を向けられた。
普段あまり笑顔を見せないくせに、完璧な笑顔だった。
いやもうあまりに完璧すぎて、いっそ胡散臭いくらいに。
アリババはそこでようやく、自身の失敗を悟った。
て、手際に感心してる場合じゃなかったぁぁ!!
本が減り身動きが取れるようになった瞬間こそ、逃すべきではないチャンスだったというのに。気付かなかった。
慌てて身を捩るが、目の前の本棚が邪魔で抵抗は愚か身動きもまともに取れない。
「ちょ、やだって、ホントまだ仕事中だしさっ」
「上司っつか、ボスがいいってんだから、いいだろ別に」
「ふぁっ、わー! 脱がすな、触るな、セクハラー!」
仕事の出来る男は、それ以外でも恐ろしく手が回るらしい。
アリババの動きを拘束しつつ、本を棚に戻すあの間に何をどうやったのか服のボタンが外され全開になっていた。
暴れる、いや抵抗しようとはしているのだが、どこを押さえ込んでいるのかまったくびくともしない。
頭を過ぎるのは、以前言われたセリフだ。逃げられないようにするには、力じゃなくてほんの少しのコツさえあればいい、と。
笑いながら、言っていたのだ。
普段は色々と面倒そうにしているカシムが、それでもやはりマフィアのボスなのだ、と。こんな時に思い知らされる。
「ひっ、ばっ、ばか!」
「行為中のバカ、はむしろ誘い文句だろ」
笑いながら耳朶を噛まれる。
緩い刺激が、悪戯に吹きかけられる吐息が、けれどどうしようもなく息を乱した。
幾度となく繰り返した行為に、体は心とは裏腹に反応を示していく。
肌に触れる手を、振り払えない。甘くも聞こえる囁きを、拒めない。
「なあ、良くなかったことなんか、ねえだろ……?」
くつりと笑う声は、やはり耳元で紡がれた。
素直に答えるのは癪で、言葉を返す代わりとばかりに頬に這わされた指に噛みつくことで、応えてやった。
痛ぇな、とちっとも痛みなど感じていない、笑いを含んだ声がする。
この声は毒だ。耳から全身に巡って、俺を動けなくする。
からかうように触れてくる手も、指も。全部全部。
その先に待つ、目眩がする程の快楽も含めて、全てが罠のようだ。
それでも、動けない。振り払えない。拒めない。
一度知ってしまった甘さを、見て見ぬフリでやり過ごすことは、もう出来ない。
甘美な毒の先に、何があるのか。
そんなもの知らないし、考えたくない。
はあ、と吐いた息にさえ色がついているような気がする。そんな筈ないのに。
見たくなくて、知りたくなくて。
アリババは、諦めるように或いは受け容れるように、目を伏せた。
後はただ、濃密な時間に、気配に、飲まれて落ちていくだけ。
END
ボスって呼ぶアリババくんが書きたかったので書けて満足!
セクハラカシムがすげえ楽しかったってのはここだけの話なんだぜ。
今までで一番イチャついたのがパラレルってどうなん(当社比)…