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折れぬ牙をその身の内に
その枷は一体何で出来ているのか、何をしてもビクともしなかった。
固い足枷に苛立ちながら、どれ程の時間が経っただろうか。
幌で覆われた馬車の中は薄暗く、また用心されているのかマスルールのいる檻にはご丁寧にも出入り口以外の場所に布がかけられている為、時間感覚が鈍っているのだろう。ここへ入れられてから幾日が過ぎたのか、今のマスルールには判断がつかなかった。
どこへ連れて行かれるのかも分からぬまま、馬車はただ進んで行った。
鬱屈とした気持ちを抱えている中、その変化は唐突に訪れた。
下卑た笑みを浮かべる男に背中を押され、マスルールのいる檻に一人の子供が転がり込んできたのだ。
マスルールよりも幾つか年下であろう少女は、その赤い髪から一目で自分と同じファナリスであると知れた。
入れられたのが彼女だけである所を見るに、おそらくは家族と逸れた所を奴隷狩りにでもあってしまったのだろう。
少女は父母の名を呼びながら、瞳に涙を浮かべて震えていた。
怯える少女の様子を見て、マスルールは彼女に気付かれぬように拳を固く握りしめていた。
悔しかった。現状を打破できない自身の無力さが。
憎かった。自分たちを意思なきものとして扱う者たちが。
不安だった。これからどこへ行くのか、どうなるのか、分からない事が。
マスルールでさえ、湧いてくる不安に胸が押し潰されそうな気がするのだ。自分よりも幼い少女にとっての現状は、どれほどに恐ろしいことだろうか。
何故、自分たちばかりがこんな目に遭っているのだろう。
理由は分からない。けれどこれが理不尽で正しくないことだけは、何となく分かった。
これから先、きっと面白くないことが待っていることも。
それでも、決して屈してはならないのだ、ということも。
暫く迷っていたが、やがて意を決したマスルールは立ち上がった。
足を拘束する枷が、ガシャリと不快な音を立て思わず眉間に皺が寄る。
けれど、そんな物音にもマスルールの動向にも、泣きじゃくる少女は気付かなかった。
少女の横に膝をつき、おそるおそるその頭に手を伸ばす。
誰かを慰めた事なんてないから、どうすればいいのか分からない。けれど、泣いてほしくなかった。
指先がそっと触れた瞬間、少女はびくりと肩を震わせ、驚きに見開かれた目でマスルールを見上げてきた。
「あ……えっと」
泣くなよ、とか。大丈夫だ、とか。
色々言葉はあるのに、どれもこの場にそぐわない気がして声に出すことが出来なかった。
この状況下では泣かずにいられない気持ちも分かる気がするし、これからの事を考えると大丈夫なんかじゃないと知っていたから。
元々口数が多くない事に加え、誰かを慰めるなんて今までしたことなかった。
「……うん」
結局、出来たのは。
一つ頷いて、少女の頭を撫でてやる、それだけの事だった。
気の利いた言葉の一つも出てこない自身の不器用さには辟易するけれど、言葉はなくとも少女にはマスルールの必死さが伝わったらしい。
その小さな手が、縋るようにマスルールの服をぎゅっと握ってきたから。
泣きながら、まるでこの手だけが世界で頼れる唯一のものだとでも言いたげに。
マスルールは、ただ少女の頭をゆっくりと撫で続けることしか、出来なかった。
泣き疲れて眠ってしまった少女の頭を膝に乗せ、幾許かの時間が過ぎた頃。
唐突に、揺れが止まった。
どこかに着いたらしい。外で聞こえる話し声と、近づいてくる足音。それに、鍵の束が擦れる金属音も混じっている。
一緒にいられるのは、ここまでのようだった。
マスルールは少女をそっと床に寝かせると、もう一度だけ、その頭を優しく撫でて。
「負けるな。俺たちはファナリスだ。血を誇れ。生きろ。……また、逢えるといいな」
呟きの半分は、マスルール自身にも言い聞かせるものだった。
負けない。諦めない。
何が、あっても。
生きて、生き抜いて、いつの日かまた。
故郷の地を、この脚で踏みしめてみせる。
男に連れ出され檻を出る間際、マスルールは眠る少女に目を向けて。
そういえば名を聞かずじまいだったことに、今更ながらに気付いたのだった。
END
幼少マスモルニアミス妄想話。
少年マスルーが書けて満足ですぅぅ!
マスルーの負けるな。って言葉がするっと浮かんできてゾクゾクしたよ(笑)
この後マスルーは剣闘士に、モルは遠くチーシャンの地でジャミルの奴隷になるっていう。
モルジアナはマスルーの呟きを意識の外で聞いてたから憶えてないんだけど、深層心理の深くにマスルーの言葉があって、殺しはしなかったりよく覚えてない故郷を誇ったりする、とかね。滾るわ。
剣闘士だった、の一言でここまで暴走出来る自分にアッパレ(笑)