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「じゃあ、また。」
その夜に振る舞われた料理は、今までに見たことのないものばかりだった。
クセのある香草が驚くほどに美味く調理されていたり、バルバッドではあまり使われていなかった香辛料が使われていたり、食文化一つとっても随分と違うのだと思わされた。
世界はやはり広いのだ、と改めて感じる。
後片付けを手伝っている時だった。
「アリババ」
「サブマド兄さん」
「こ、これ……渡しとくよ」
「……? これ?」
声を掛けてきたサブマドに手渡されたのは、手の上に乗る位の麻袋だった。
開けてみると、中には親指の先ほどの大きさをした木の実らしきものが入っている。
「そのまま食べられるし、日持ちもするから……迷宮じゃ、何があるか分からないんだろう?」
「兄さん……ありがとう。でもこれ、貴重なんじゃ?」
「あ、ああ……えっと」
アリババの問いに、サブマドは何故か落ち着きない様子で周囲を見回す。
そうしてから、誰も聞いていないと見てとった後に、こそりと声のトーンを落として、言った。
「半分は……ア、アブマド兄さんから、なんだよ。アリババ」
「えっ……」
ぱちりと瞬き、手の上の袋を凝視してしまう。
サブマドが苦笑しながら、シンドリアから派遣されてきたわけだからとか言ってたけど、と口にするのもどこか流し気味に聞いてしまった。
小さな袋、そこに詰まった木の実。
そういえばここに着いてすぐ、子供たちにたかられていたアラジンと白龍を取り成してくれたのもアブマドだった事を思い出す。
自分がバルバッドを離れた後に何が合ったのかは分からない。
だが今のアブマドは王宮暮らしの頃よりも、他者と関わることを大切にしているように見えた。
変化はまた、目の前のサブマドにも見て取れる。
他人の目に怯えず恐れず、流暢なトラン語を操り翻訳まで務めてくれた彼は、バルバッドに居た頃には見られなかった穏やかな自信を持っているようだった。
「そっか……ありがとう」
「うん……あ、ご、ごめん。呼ばれてるみたいだから、行くね」
「あ、あのさ!」
「うん?」
「え、っと……大事に食べるから、これ」
「……じゃあ、またね」
「うん……おやすみ」
天幕の向こうから、幼子の声がする。
サブマドがそれにトラン語で返事をし、アリババに手を振った。
アリババもまた、それに手を振り返す。
その背を見送り、アリババは貰った袋をそっと両手で包み込んだ。変哲もない袋が、とても大事なものであるかのように。
何気ないやり取り。どこにでもあるようなそれが、けれどアリババの心をぎゅうと掴んだ。
当たり前の兄弟のような、そんな会話が出来る日が来るのだろうか。来ているのだろうか。
それが今ではないと分かっていながら、少しだけ泣きそうになる。
本当は。
サブマドを呼びとめた、あの時。本当は、アブマド兄さんにもお礼を、と言うつもりだった。
だがそれを言うのは、違う気がして。
結局言葉はアリババの胸の内にだけしまわれてしまった。
迷宮から帰ってきたら、ゆっくり話が出来たりするだろうか。
簡単に行くとは思っていないけれど、何故だろう。たったこれだけの会話で、緩やかな力が身の内に湧いてくるのを感じる。
「……じゃあ、また」
サブマドの言葉を繰り返し、小さく頷く。
そうだ、また会うんだ。きっとこれから先、時間はいくらでもある。
そのためには、まず無事に迷宮から帰ってこなければ。
大丈夫、きっと大丈夫。
貰った包みをそっと撫でて、アリババは少し笑った。
END