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あいのひみつとなみだのいろ
「アリババ」
机に突っ伏して何やらむにゃむにゃと言っているアリババの肩を、少し強めに揺する。
アリババがぐでんと体を預ける机の上には、酒の容れ物が幾つも転がっていた。
以前もそうだったが、アリババはそんなに酒が強くはないらしい。だからこれも一人で飲んだ量ではないのだろう。
話しながら飲んでいて、許容量を超えているのに気付かなかった、といった所か。
「おい、アリババ」
「飲~む~」
「アホ。寝てんじゃねえか」
「いいえぇ、おかまいなくー」
話が通じていない。まあ、酔っ払いとは大概そういうものだ。
面倒くせえ、と思うが、かといって放っておくわけにもいかない。
そもそも、アリババが起きない、と団員に呼ばれたからカシムはここまで来たのだから。
これは起きそうもない。
苛立ちと呆れ混じりに、べちんと突っ伏している頭を叩いた。
そうされて尚、アリババは楽しそうに何か言いながら笑っていた。完全に酔っ払いでしかない。
このまま放置していくわけにも行かず、肩を貸して立たせる。
ふらふらと覚束ない足取りのアリババを支えて歩きながら、何となく昔の事を思い出した。
スラムに住んでいた頃。同じ家に帰っていた日々、カシムにとっては数少ない暖かな記憶の中。
大人に交じって力仕事をした挙句に、結局歩けなくなるほどに疲れ切ったアリババに肩を貸して家路に着いたのだった。
ごめん、と謝るアリババに、気にすんな、とだけ言った。
本当は言いたいことが沢山あった。無理するな、も。自分の体力を考えろ、も。
けれど悔しそうな横顔、その瞳に滲んだ涙を見てしまい。
何も言えなかった。言えなくなった。
アリババもまた、傍から見るとごっこ遊びのような家族を、それでも何よりも大切に思い守りたいのだという感情が痛いほど伝わってきたから。
部屋に辿り着き、寝台に放り投げても尚アリババは目覚めなかった。
寝顔はやたらと幸せそうで、何となく苛立ったカシムは眠るアリババの頬をぎゅむ、と摘まんでみた。それでも起きない。
自分の飲める量くらい分かってろよ、と思うのだがまあ今言ったところで相手は聞いちゃいないので、説教は明日以降に持ち越すことにする。
溜め息を吐き、カシムはアリババの足元に腰を下ろした。
投げ出されている足を掴んで、靴を脱がしにかかる。
右足、左足、そして左足に巻いてある布に手を掛けた時だ。
「……カシム?」
ぽつり、呼ばれた。
顔を上げると、アリババがうっすらと目を開けてこちらを見ている。
今にも閉じられてしまいそうな、酩酊感漂う眼差しだった。あからさまに眠そうなそれに、思わず苦笑する。
「もういいから、寝てろ」
聞こえているのか、そもそも聞こえた所で相当に酔っているようだから意味が理解できるかは怪しい所だったが、とりあえず言っておく。
カシムが足の布を外す間、アリババはぽやんとした顔で瞬きをしていたが。
「っはあ? 何、どうしたんだよ」
思わずそんな言葉を零したのは、アリババが唐突に涙を零し始めたからだ。
ぼんやりとした表情はそのままで、涙だけがぽろぽろと頬を伝っていく。
カシムは腰を上げ、アリババの顔を覗き込んだ。
夢現のような目は、けれどカシムをまっすぐにじっと見つめている。
こいつ泣き上戸だったっけ、と考えながら親指でその目元を拭った。それでも涙は止まらない。
「アリババ?」
「カシム……」
「どうかしたのか」
聞く。
酔っ払いにまともな受け答えが出来るとは思っていないが、いきなり泣き出されて放っておけるほど無常でもない。
涙を流したままのアリババが、すいと手を伸ばしてきた。
指が、手のひらが、ひたりと頬に触れてくる。
「カシム」
「何。すんの?」
からかい混じりに問う。アリババからの答えは。
首の後ろに回された腕と、それを力任せに抱き寄せられる、というものだった。
唐突な動きを予想もしていなかったカシムは、引き寄せられるままにアリババの上に体を投げ出す体勢になる。
それでも咄嗟に身体を捻り、完全に乗り上げる事だけは避けた。結果的に着いた肘と腕に全体重をかける破目になり、思わず顔を顰める。
「って、おい! あーもー……この、酔っぱらい!」
「……カシム、いる」
「あーあー、はいはい、いますよー、ここにいるっての」
「カシム、カシム、カシム」
「んーだよ、甘えたくなったのか」
きっと今自分が何を言っているのかしているのか、碌に理解などしていないのだろう。
酔っ払いとは得てしてそんなものだ。
ぎゅうぎゅうとしがみついてくる腕は、艶っぽいものでは決してなく、子供が親に甘えているようなそれで。
何度も繰り返される名前に苦笑し、あやすように髪を梳いた。
アリババは未だに泣き続けているらしく、顔の横でぐすりと鼻をすする音がした。
泣き虫、と言ってやろうとして。
その言葉を止めたのは、アリババが先に口を開いたからだ。
「カシム……どこにも、行くなよ。行くな、たのむから」
アルコールと涙のせいで、掠れた声。
けれどその言葉は、はっきりとカシムの鼓膜を穿った。
髪に触れていた手が、止まる。
しがみつくように縋りつくように、回された腕。
震える声、懇願する言葉。
動きを止めたカシムに構うことなく、アリババはカシムの名前を繰り返し呼ぶ。
合間に、行くな、と何度も挟みながら。
「……俺を置いて行ったのは、お前だろ」
絶対に言ってやるつもりもなかった言葉が、ほろりと零れていた。
小さな小さな、声。
けれどカシムの口はアリババの耳元にあって、言葉は届いてしまったのだろう。
言葉の意味を理解したのか否か、アリババの腕の力が、強まる。
「違うよ、だって、カシムは……遠い、淋しい、なんで」
「……ワケ分かんねーこと言ってねーで、寝ろ。お前明日絶対二日酔いだぞ。分かってんのか」
「やだ……カシム」
「……一緒にいるから」
根負けして告げれば、ようやく苦しいぐらいの力だった腕の力が、少し弱まった。
宥めるようにその腕を叩きながら拘束から抜け出し、アリババの隣りに体を投げ出す。
予想通り、アリババは未だに泣き続けていた。それでも尚、その眼差しはカシムへとまっすぐに注がれ続けている。
コイツ明日は目が腫れているだろうなと、他人事のように考えて。(実際他人事ではあるが)
「何でそんなに泣くんだよ」
「……カシム、泣かないし。遠いし」
「意味分かんねーよ。もういいから、寝ろ」
酔っ払いの戯言に耳を貸す気になったのがそもそもの間違いだ。
そう判断して、アリババの目元を手のひらで覆った。
……これ以上、その目を向けられているのが耐え難かったから、ではない。断じて。
暫くそのままでいると、アリババの体がゆっくりと弛緩していった。
吐き出される吐息も規則的なものになり、眠りに落ちたのだと分かる。
だがそれが分かっても、カシムはその場を動けなかった。
「ホントに、どこまで……」
そこまで口にして、けれど続けるべき言葉が見当たらず結局口を噤む。
何が言いたかったのか、自分でもよく分からなかった。
アリババの手が、カシムの服をきゅっと握っていることに気付いたのはその後だ。
どこか躊躇いがちに、けれど縋るように。
迷子の子供がようやく見つけた掴めるものを、おずおずと握ってでもいるかのような。
カシムはアリババの目元を覆っていた手を離し、そのまま肩の上に置いた。
アリババの寝顔は比較的穏やかそうなものだったが、だからこそ目元に残る涙の跡が痛々しかった。
すいと顔を寄せ、舌で舐めてみる。
舌先に広がる塩辛さと、伝わって来る熱いぐらいの熱に。
どうしてだか、胸が苦しくなった。
痛みに耐えるように奥歯を噛み締めたカシムは、そのままアリババを抱き寄せた。
その体温に思い出すのは、幼い自分たちを笑顔で抱きしめてくれた彼女の、暖かな腕だ。
寄り添うだけで、抱きしめるだけで、それを愛だと呼ぶなら、呼べるなら。
抱きしめるこの腕を、ずっと離したりしないのに。
「……どこにも、行くなよ」
呟く。
アリババに告げる事の出来る、唯一の言葉。
手離したくない。隣りにいてほしい。
この感情が何であろうと、それだけは揺るぎないもので。
カシムはもう一度だけアリババの眦に口づけると、自身もまた目を閉じた。
瞼を伏せた拍子にほろりと一筋だけ零れた涙には、気付かないフリをした。
END
ソロモン72柱・アモンの「愛の秘密をすべて知っている。」にしてやられて書いた話。
最近の本誌はアリババくんの愛とか懐の広さがハンパなくてホントにどうしろと。
ルフカシムもやきもきするんじゃないかってぐらいの神々しさだよ!(笑)
カシムの「どこにも行かないでくれ」は最上級の愛の言葉だったのかもなあ、なんて思ったりして。
これでこいつら…付き合っても結婚もしてないとか言うんだぜ……?
……いや、付き合ってるっけ?(笑)