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「螺
旋
階
段」
くるり、ぐるり、回り廻って。
行き辿り着く涯は、どこで、何があるだろう。
応えはなく、答えは見えず。
夜は巡り朝が来る。
今日も、明日も、明後日も。
くり返し、くり返し、くるり、ぐるり。
どうしてこんな事になったんだっけ、と。
その理由を、きっかけを考える事を放棄したのは、何度目の行為からだっただろう。
目眩がする程の快楽に逆らえず、思考を閉ざしたのは。
昂る熱と裏腹に、心のどこかがひどく冷めていくのを感じながら、それでも。
母の職業の意味を、その行為を知っている今となっては、体を重ねることが幸せな事ばかりではないと気付いていた。
だけど、掴めない心と、乱れる吐息と、触れる体温とがあまりにもちぐはぐで。
思考が切り換えられない。追いつけない。
これは、この行為はこんなにも淋しさと悲しさと虚しさを抱えるものなのだろうか、と。
「アリババ……?」
呼ばれ、思考の海に沈みかけていた意識が現実へ引き上げられる。
目の奥が熱い。
見上げるカシムの顔には、何故か驚きと途惑いの色が在った。
「カシム? ……なに」
言葉が途切れたのは、カシムの指がひたりと眦に触れてきたからだ。
反射的に瞼を伏せて、その動きで零れた水滴にいつの間にか泣いていたことを知る。
どうして、いつの間に。
驚き途惑い、ぱちりと瞬いた。
「……あれ」
「なんだよ、体、キツかったか?」
ふ、と苦笑したカシムの指に、伝う涙をぐいと拭われる。
アリババはされるがまま、ただカシムを見上げていた。
たとえば。
身体を重ねるだけで、それを恋だと言うのなら。これ程単純で分かりやすいものはない、のに。
だけど。
俺たちのこれは、恋じゃない。
恋だなんて呼べない。
それがどうしてか、淋しくて悲しかった。
「どうかしたか」
訊いてくるカシムの声は、常にないほど優しげだ。
頬に寄せられる唇も、まるで恋人同士のそれのように。
たとえばこれを恋と呼ぶなら。
俺はこんなにもどうしようもないような気持ちを抱えずに、すむんだろうか。
思うけれど、聞けず。
アリババは目を閉じると、ふるりと首を振った。
涙と悲しみを振り払うように。
何かを手放し、諦めるかのように。
そのまま手探りで、カシムの首の後ろに手を回し、縋りつくように抱き締めた。
本当は、本当は。はなさなければいけない、のに。
求められる心地良さを、触れる指をまるで愛だと錯覚出来るだけの行為を否定することはもう、出来なかった。
聞きたいことも言いたいことも、部屋の隅に吐息と共に転がっているだけで。
だけど伏せた瞼の裏側には暗闇が広がるだけで、もう何も見えなかった。見えないと、そう思うしかなかった。
朝の光にかき消されてしまう、宵闇のような儚い気持ちをせめて今は抱えていたかった。
それが泡沫の心でも。
救いようのない恋でも。
重なった吐息に誘われるように唇を開けながら、このまま息が止まればいいのに、と思った。
「 不 時 着 」
これを間違いだと糾弾する奴がいるなら。
いっそ、全てを壊してしまおうか。
街も、人も、星も、月も、太陽も。
探しているものが何かも分からないのだから、きっとそうしたって困りはしない。
そう、ただ一つ。
この手が握るものさえ、在れば。
それでいい。それで、良かった。
見上げてくる目が、どこか不安げに揺れるのに気付かなかったわけではなかった。
最初こそ訳が分からずに混乱していたアリババだが、回数を重ねれば行為自体に慣れもするだろう。
けれどカシムは、敢えてアリババに言葉を与えなかった。
言葉の代わりとばかりに、抱き締める腕に、触れる指に、重ねる唇に、今まで他の誰に与えたことがない程に優しさを纏わせた。
それは優しくしたいという想いと、アリババを惑わせる目的と、半々の感情から為るものだったのだけれど。
荒い吐息をも奪うように、唇を重ねる。
貪るようなそれに待ったがかけられたのは、アリババの拳が力なく肩をとん、と突いてきたからだ。
「……なに」
「はっ、いっ……き、できね、っつの、ばか」
「キスの仕方くらい、いい加減覚えろよ」
「くらくら、する……」
言うアリババは、口を開けて肩で息をしている。
どこか虚ろな眼差しと、開いた唇の隙間から見える赤い舌と。裏腹に、口にする言葉はちっとも成長していない、子供っぽいもので。
その対比に、ぞくりとする色を感じる自分は、もうどこかおかしいのかもしれない。
浮いた汗で額に貼りついている髪を、そっと払ってやる。
「あたま、撫でられんの、気持ちいー……」
熱に浮かされたような声で言う言葉がそれか。
呆れながら、けれどアリババらしいとも思う。
思わず噴き出すように笑うと、それを見上げていたアリババもまた、つられるように笑った。
幼い頃にそうしていたように、何の掛け値も衒いもなく。
「カシム、つづき」
無邪気にも聞こえる言葉は、そのどこか舌足らずな響きがひどく淫猥で。
これでアリババ自身は無自覚だというのだから、性質が悪いというか、始末に負えないというか。
夜が、好きだと思う。
何もかもを平等に覆い隠し、見えなくするから。
暗い中でなら、まるで恋人同士がそうするように、優しくも出来るから。
「アリババ」
呼ぶ。
向けられる目はまっすぐで、カシムしか見ていなくて、それがどうしようもなく心を震わせた。
夜に、行為の時にだけ見せる、不安と幾許かの怯えを孕んだ目が好きだ。
そんな目をされると、どうにもこの手の中で守ってやらなければ、という気分になるから。
夜が続けばいい。ずっとずっと、今日のまま続けばいい。明日なんかいらない。今だけで、いい。
そんな風に思うほどに。
朝が来て光が差せば、アリババはまた一人で前を向いてしまうから。
「……カシム?」
呼ばれる。
それに微笑って、カシムはアリババの背に腕を回した。
ぎゅう、と抱き締める。
光も、闇も、全部全部いらない。
抱きしめ合う腕さえあれば、何も。
カシムの耳元、小さく笑ったアリババの声が目眩がするほど愛しかった。
月の光も届かない、夜。
静かに抱きしめ合う影は、まるで何かの誓いのようで。
どこに行けなくても、いい。
そう誓うように思ったのに、嘘はなかった。
椿屋四重奏、いいんだよー!
という万感の思いを込めて。
愛も哀しみも全部一緒に存在するのがカシアリだよなあ、と。
……だからお前ら、両想いなんだっつの!!!