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Happiness is here.
「あ、ちょっと待った。カシム帰ってきた。うん、代わる」
玄関を開けるなり、カシムを出迎えたのはアリババのそんな声と、嬉しそうな表情だった。
見ると、アリババは耳に携帯を押し当てている。どうやら通話中だったらしい。
「あん? なんだよ、帰ってくるなり」
「電話! マリアムマリアム!」
「ああ……ちょっと待て、今靴脱ぐ」
ぱたぱたと手招かれ、いつもより手早く靴を脱いだ。
やや足早にアリババの元へ向かうと、はいお兄ちゃん、と楽しげに言いながら携帯が渡された。
からかい混じりのそれに目を細め、電話を受け取り耳に当てつつ空いた手でアリババの頬をぎゅむ、と摘まんだ。
「いっ……なにすんだよー!」
抗議するアリババを片手でいなしつつ、電話の向こうに話しかける。
アリババはそれでも何か言いたそうな顔をしていたが、カシムとマリアムの会話を邪魔する気はないらしくそれ以上は何も仕掛けて来なかった。
「もしもし、マリアムか?」
『あっお兄ちゃん! またタバコ買いに行ってたんでしょー?』
「……まあな」
『体のことも考えて、チェーンスモーカーもほどほどにしないとダメだよ!』
曖昧に頷きながら、マリアムは年々おばさんに似てくるな、と苦笑した。
ついこの間もアニスと電話で話した時に、言葉は違えど全く同じ内容の話をされたことを思い出す。
考えて、それも当然の話かと思い直した。
マリアムは、幼い頃に自分たち兄妹を引き取り、本当の子供のように分け隔てなく接し育ててくれたアニスを、実の母の如く慕い憧れている。
今もアニスの元で暮らしているマリアムが、彼女に似てくるのは道理と言うものだろう。
『私もお母さんも、アリババお兄ちゃんも心配してるんだからね?』
「分かってるよ、マリアム」
返事をしながら、アリババに視線をやると。
流し台にマグカップを二つ置いて、コーヒーを淹れているところだった。
カシムは片手に下げていたビニールから、タバコと一緒に何となく買ったスナック菓子を机の上に出した。
いつもなら買わないそれを手に取ったのは、先日アリババがバイト先で貰ったと持って帰ってきて、やたら美味しそうに食べていたのを覚えていたからだ。
マグカップを手に居間に戻ってきたアリババは、机の上に置かれたそれにすぐ気付いたようだった。
あからさまに表情が明るくなったのを見て、思わず笑う。
菓子一つで喜ぶって、お前年幾つだよ。
開けていい、とばかりにきらきらした視線が寄越されるのに、好きにしろ、とひらりと手を振ってやった。
『それでね、次のお母さんの誕生日にね……お兄ちゃん、聞いてる?』
「聞いてるよ。こっちで何か買ってくか?」
『それもいいんだけど、今考えてるのはねー……』
カシムとアリババが実家を出てマギ荘住まいになって久しいが、誰かが誕生日を迎える時には帰宅する、というのが通例になっていた。
いい加減誕生日パーティーで浮かれるような年でもないのだけれど、マリアムやアニスは勿論のこと、いつも寡黙な義父も、一緒に暮らしている筈のアリババまでもが楽しそうにする様を見ると、そうして次の約束を取り付けられるとどうにも断れない。
マリアムも二人の兄の帰宅が楽しみで仕方ないらしい。
今話している内容だって、カシムが帰ってくるまでにアリババにも語っていたのと同じ話なのだろう。
「なあマリアム……おばさんの誕生日、三か月先だろ」
『うん? そうだよ。今から楽しみだよね!』
「ああ……うん」
言い切られ、思わず頷いてしまった。
マリアムのこの強引さは誰に似たのだろう、と考えながらアリババを見ると、カシムが買ってきた菓子を美味しそうに食べている所だった。
呑気そうな顔しやがって、と手を伸ばしその髪を軽く引っ張る。
「いて、何だよカシム」
そう力を入れてはいなかったのだから大して痛くもないだろうに引っ張られた箇所を押さえながら抗議してくるのに、何だか面白くなってにやりと笑いながら今度はその頬をむに、と摘まんだ。
遊ばれているのに気付いたらしいアリババが、カシムの手から逃れようとふるりと首を振る。
手の届かない位置に逃げればいいのに、動きたくないのか気付いていないだけなのか、そうしない辺りがアリババらしいというか何というか。
頭を振る仕草が水に濡れた犬か猫のようで、思わず声に出して笑っていた。
『お兄ちゃん?』
「ああ、悪ぃ。アリババが……」
「マリアムーぅ! カシムがしつこーい!」
「バッ、デケェ声出すなよ、耳痛えな!」
電話の向こうのマリアムに聞こえるようにだろう、すぐ横に来て声の音量を上げたアリババの頭を掴んで、ぐいと押しやる。
まあ今更そうした所で先の声はマリアムに届いてしまっているのだろうけれど。
電話口のマリアムは、何を思ったのか沈黙を返してきて。
やめろその沈黙何か怖ぇから、と言おうとした所で、大袈裟にも聞こえる溜め息が聞こえて来た。
「……マリアム?」
『お兄ちゃん……たまにはストレートに感情表現しないと、世の中ツンデレに理解ある人ばっかりじゃないんだよ?』
溜め息に次いで心の底から心配している、という声音で告げられ、何ともいたたまれない心地になった。
実の妹にツンデレ呼ばわりされる日が来るとはまさか思ってもいなかったのだ。
おばさんに聞かれてたら爆笑されてたな、と快活な彼女の事を考え聞かれずに済んだことに心底安堵する。
十代後半の息子がいるとは思えないほど若い外見をしたアニスは、しかしそのたおやかに見える見た目とは裏腹に豪胆な性格だ。カシムとマリアムを引き取った時もそうだし、カシムとアリババが実家を出ると決めた時もいつだって笑っていた。
気恥ずかしさが先に立ってしまい母と呼んだことは幾度もないが、家族の暖かさを教えてくれたのはあの人で、それには幾ら感謝してもし足りないと常々思っている。
だからこそ、実家を出た今も家族の誕生日には帰宅する、という約束を律儀に守り続けているのだろう。
『とにかく、もうちょっと詳しいこと決めたらまた連絡するからね!』
「分かった。ああ……楽しみなのはいいけど、あんま無茶な要求してくるなよ」
『しないよー! お兄ちゃんこそ、ちゃんと家事しないとダメだよー』
「……してるよ」
『あ、嘘だ! アリババお兄ちゃんと返事するまでの間がおんなじだもん!』
あはは、と楽しげに笑うマリアムに他意はない。はずだ、そう思いたい。
間が同じ、というのはあまり言われたことはないが、幼い頃からずっと一緒にいるのだからそういう事もあるのだろう。改めて指摘されると気恥ずかしいような、嬉しいような。
『じゃあまたねー。アリババお兄ちゃんと仲良くね!』
「……幾つだと思ってんだ、お前は」
『だって喧嘩してるのもいっぱい見てるもーん。アリババお兄ちゃんにもまたメールするからって言ってね!』
「分かった、またな」
通話を終え、何故だろうどっと疲れが押し寄せてくる。
アリババと仲良くね、はアニスがよく口にする言葉だ。マリアムもそれを知っているから言ったに過ぎない。
しかしながらアリババに対して幼馴染みも兄弟も越えた感情を抱いてしまっているカシムにとっては、その言葉は色々と洒落にならないというか、いたたまれない気分になるというか。
頭痛のし出したような気がする頭を押さえていると、先程無理矢理距離を取ったアリババが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
なんでもねえよ、と追い払うように手を振れば何故かにっと笑って。
「疲れてんならー、甘いものっ! な!」
などと言いながら、手にしていた菓子をぽい、とカシムの口に放り込んできた。
お前の所為だよ、と言うのは簡単だったけれど、口の中に物が入っているし、とどこか言い訳めいた事を考えながら口中の菓子を噛み砕く。基本的に柄が良いとは言い難いカシムだが、アニスの教育の賜物かその実常識面ではきっちりしていたりする。
別に甘いものが嫌いでも苦手でもないカシムだったが、何故かやたらと甘さが気にかかった。
「……甘」
眉を寄せて呟けば、アリババがへらりと笑う。
ささやかな悪戯成功、とでも言いたげな顔をしているのを見て、何となくそれに苛立ったカシムは菓子を一つ摘まむと、それをアリババの口に半ば強引に突っ込んだ。
突然為されたそれに目を白黒させるアリババを見ながら、それさっきお前がやったことだぞ、と内心で呟いて。
アリババは暫く口を押さえて放り込まれた菓子をもぐもぐと咀嚼していたが、やがて飲み込んでからじとりとカシムを睨むように見据えてきた。怒っている、というよりその顔には途惑いと照れが浮かんでいた。
なんだよ、と目線で問えば、何故か躊躇うように視線を逸らし、彷徨わせる。明らかに不審なそれに、思わず眉間に皺が寄るのが分かった。
カシムは自分を、その容姿をよく理解していた。表情、声音、目線、それをどう効果的に使えば、見た人間にどんな感情を抱かせるか、を熟知していた。
幼馴染みとは言え、いやだからこそアリババを追い詰めることなど容易く。
見据えること数秒、うう、と悔しげに唸ったアリババがぽつりと。
「……カシムにあーんてされた、って思っただけだよ」
耳まで赤くしたアリババを見て、不覚にも言葉に詰まった。
ああもうこれだから天然は性質が悪い!
誤魔化すように口に放り込んだ菓子はやはり甘く。
カシムは苛立ちだけではない諸々の感情をも呑み込むかのように、それを奥歯でがりりと噛み砕いた。
END
お互いがお互いに勝てないカシアリが大好物です。
甘いのは菓子じゃねえ、そのバカップルみてーな空気だよ!!
ていう。
こいつら…これで付き合ってないんだぜ…
でもまあ割と元々距離近いしな、うん。
…明日の話が出来るカシアリって、いいよね…