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霧の団の中心で愛を叫ぶ
着ようとした服の脇辺りに、鉤裂きのような穴が開いているのに気付いたのは、朝の事だった。
知らないうちにどこかで引っかけでもしたのだろう。
服は他の物を着るとして、これをこのままにしてはおけない。
誰かに針と糸を借りるか、と修繕する服を片手に自室を出た。
それがまあ、事の発端である。
「なー、誰か針と糸、貸してくれないか?」
幾人かが集まって談笑している所に行って、おもむろにそう切り出した。
男たちは皆一様に、不思議そうな顔をして。
それに、アリババは手にしていた服を掲げて見せた。
「ちょっと穴開けちまったみたいでさ、繕おうかと思って」
「何だ、そんなん誰かに頼みゃいいのに」
「んー、でも自分で出来ることだし、誰かの手を煩わせるより早いしさ」
そうか誰かに頼むって手もあったのか、と言われて初めて気付いた。
バルバッドを出てからは一人暮らしが殆どだった為、基本的に自分のことは自分でやるしかなく。
比べたことがないから上手いのかどうかは分からないが、生活していくための基本的な家事くらいは一通りは出来る。
その中で、この程度の修繕などはしょっちゅうやっていた。だから多分、誰かに頼むよりかは自分でやった方が早いというのは本当だ。
受け渡しの手間も省けるし、何より自分で出来る事を誰かに任せるのは気が引けた。
「おいおい、そういう時こそカワイイ女に頼んで、その礼にこう……」
「アホか。お前みたいに下心見え見えの手に、誰が引っ掛かるかっての。なあアリババ?」
「俺持ってるぜー。な、貸してもいいけど、俺の服も頼んでいいかな」
「うん? 貸してもらえるならいいけど別に」
「お、助かるー! こないだ刺に引っ掛かったトコがあってさぁ」
名乗りを上げた青年が、針と糸を取りに場を後にして、この間に朝飯でも調達しに行こうかなどと考えていると。
一緒に話をしていたうちの一人が、おずおずと手を上げた。
「アリババ……俺のも、頼んでいいか? 今度メシ奢るし」
「ああ、いいぜー……ってあんまり状態ヒドイと俺にも直せねぇけど」
「いやいや、普通にこう、この辺が裂けてるぐらい」
この辺、と言いながら肩の辺りをすっと手で示す。
裂け目の大きさもそんなに大きくはなさそうだった。
それぐらいなら、と承諾すると。
「あー、なあ、じゃあ俺のもダメか……?」
言いにくそうに、また一人手が上げられた。
あれ、これ何か嫌な予感がしてきたんだけど俺。
と、今更ながらに気付いた時には、まあ大概が手遅れだったりする。
「……に、溜めるなよ! ってか誰かに頼むとか言ってたの何だったんだよ?!」
「実際頼めりゃ苦労はしねえだろー?」
「まあホラ、面倒で放置してたら、さ。うん」
カシムがその場を訪れた時、聞こえてきたのは先ずアリババの声だった。
何やら喚いているのに、誰かが申し訳なさそうに返している。
言葉の内容から揉め事とはまた違うようだが、何があったのかいまいち判断出来ず。カシムは首を捻った。
朝飯にと調達してきた桃を齧りながら、ひょいと顔を出す。
「……何してんのお前」
「お、カシム。おはよう」
「ああ、うん、おはよう。じゃなくて、何してんだよ」
アリババが座っている横には、何やら数着の服が積まれてあった。
その中の一着を左手に、右手には糸の通された針がそれぞれ握られている。
普通に見れば、まあ裁縫というか繕っているのだろうな、とは分かるのだが。
何故、この場所で、他の団員に囲まれて、更に数着もの衣装が修繕待ちのような状態になっているのか。
カシムの問いに、アリババは何故か憤懣やるかたないとでも言いたげな表情になって積まれた服を示した。
「もー、カシムからも何とか言えって! この繕いものの数! 全部今まで放置してたとか言うんだぜ!?」
信っっじられねえ! と息巻くアリババに対し、周囲の団員は申し訳なさそうにするやら明後日の方向を見るやらで。
何がどうなってこうなったのか、経緯は分からなかったものの、とりあえず積まれている服は彼らのものらしい。
そしてどうやらそれを繕うのはアリババであるらしい。という二点は分かった。
判明したとは言え、いやそれっておかしくないか、と思う気持ちは少しも半減していないのだけれど。
むしろ、オイお前霧の団の頭領だよな何でお前が率先して団員の繕いものとかやってんのおかしくねえ、という思いが浮上しただけだった。
黙り込んだカシムをどう判断したのか、アリババはじろりと半目になって。
「まさかお前もあるとか言うんじゃないだろうな?」
「あ? あー……どうだったかな」
「あるなら持って来いよ。こうなったら一、二着増えても一緒だし」
こまめに繕えば長く着れるんだからさー、などとぼやきながら、アリババは針を進めて行く。
その手つきは危なげなく、積まれている服の修繕を引き受けただけのことはあるな、と納得させるものだった。
何だかんだで(時折想像もつかない程の天然さを発揮することは間々あれど)、生真面目な性格は変わっていないらしい。
「ん、これ終わったぞー」
「早ぇ! 俺今の間に三回は指突いてた自信あるわ」
「そんな自信はいらねえよ……こういうのもさ、慣れなんだから面倒でもやらねーと」
「まあ着る服なくなったらやってただろうけどさー」
「……だからこんなに溜まったのか……」
はああ、と溜め息を吐いたアリババが、ふと顔を上げてカシムを見た。
何となく食べかけの桃を齧りながらその場にいたカシムだったが、アリババの視線の先を辿って眉を顰める。
「……なんだよ」
「俺、そういやまだ朝食ってない……」
「……で?」
「言わなくても分かんだろー! 一口くれ!」
「いやだ」
「ケチくさいこと言うなよー。一口でいいから!」
「それ始める前に食っときゃ良かっただろ」
「すぐ終わるつもりだったんだよ!」
「あーもー面倒くせえ。ホラ」
段々言い合うのも億劫になって来て、結局根負けしたカシムは持っていた桃をアリババに差し出した。
懐にまだもう一つあるし、これはもうアリババにあげてしまえばいいと、そういうつもりで。
差し出された桃に目を輝かせて、アリババが手を伸ばしてくる。
子供と一緒だな、と思いながらそれを見ていると。
がしり、と掴まれたのは桃ではなく、カシムの手首だった。
何してんだ、と問う間もなく、アリババはそのままカシムの手に乗っている桃に顔を寄せてきて。
そのまましゃく、と音を立てて齧っていった。
突拍子もない行動に思わず何も言えずにいるのを、アリババはチラリと見上げ、何を思ったのかもう一度、もう一口桃を齧った。
元々カシムが半分以上食べていた桃は、そこで殆ど形をなくして。
もぐもぐと口を動かしながらカシムを見たアリババは、何も言われないと見てとると残りの欠片も口中に納めてしまった。
それもやはり同様に、カシムの手の上から、だ。
傍から見ると、まるでアリババがカシムの手のひらに口づけをしているかのような光景で。
桃を持っていたカシムには、手のひらにアリババの吐息やら唇の感触やらが、それはもうしっかりきっちり伝わっていた。
「んー、うま。ごっそさん」
咀嚼し終えた後、アリババはへらりと笑いながら言って。
微妙な空気に気付かないのか、さーて続き続き、などと呑気にのたまっていた。
暫しの間の後、色々なことから復活したカシムが、何とも言えない気分になりつつ発した言葉は。
「おまえ……人の手から食うなよ」
「だって手が濡れたら服汚れんじゃん。考えてんだぞーこれでも」
何をどう考えたのか余すところなく説明してみろコノヤロウ。
言いかけ、しかしおそらく十中八九アリババには通じないと分かっていたから、カシムはぐっと黙り込んだ。
そうだ、忘れてなどいなかったけれど、コイツは天然なんだった。
真面目な天然……タチ悪ィ。
何だか頭痛がしてきたような頭を、ふるりと振って。
「……水飲んでくるわ」
「おー」
せめて足元だけはふらつかないようにしたのは、まあ意地でしかないのだけれど。
後日。
霧の団内で「天然(と書いてアリババと読む)最強伝説」がまことしやかに囁かれるようになったのを、アリババは知らなかったことだけは、明記しておく。
END
霧の団(カシムの恋を応援し隊)とカシアリ。
な、なんかね……カシム、ごめんね、ていう…(笑いを耐えつつ)
最初はサンドイッチ的な、パンに何か挟んであるようなものにしよっかなーと思ってたんですが。
コミックス見ても果物、魚、肉はあるんだけど……パン的なものが見当たらない……? となりまして。
じゃあ果物か……あ、そういや桃の節句じゃーん、とカシムに桃を持たせたら、何だかとんでもないことになりました。
A型(っぽい)アリババくんの几帳面な一面を書けたので満足です!