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楽園は遠く
何があったのかは知らないが頭の中身を置いてきたかすっ飛ばして来てしまっていたアリババは、ジュダルがほんの気まぐれに差し出した手を疑いもなく掴んだ。
ジュダルの後をついて回る姿が従順な犬のようだと揶揄されているのを、本人は知っているのかいないのか。
この場所が彼にとっては仇同然の国だとも知らず、無邪気にも見える様子でジュダルを慕ってくるのを見ていると、いっそ憐れみにも近い感情を覚えた。
今のアリババは、ジュダルにとって何より興をそそられる玩具だった。
政に携わる者たちの中からは、ジュダルがアリババを手元に置く事に難色を示す者も当然いた。
だがジュダルの基本姿勢はやりたい事をやりたいように、だ。外野が何をうるさく言おうと、したい事をする。
それがいわば彼の信念であり、生き方だった。
アリババはシンドリアへの手札になるだろう。
何も覚えていないのならそれこそ格好の手駒になるはずだ、と強引に意見を通し、自分の側に置く権利を勝ち得た。
事実、アリババの存在はシンドバッドにもアラジンにも使える手札だ。
今はまだアリババがジュダルの手元にいるとは知られていないだろうが、遅かれ早かれ情報は伝わるだろう。
その時に彼らがどう動くかが、今から楽しみでたまらなかった。
「ジュダルー、着替え、終わったぞ」
部屋の奥から、アリババが顔を見せ小走りで近寄ってくる。
それを見ながら、ああこういう所が犬って言われてんのか、と今更のように考えた。
「着心地は?」
「すっげえ、いい。ふわってする」
言いながら、アリババは着替えたばかりの服の裾を指先で摘まみ上げた。
肌触りがいいのは当然だろう。何せ皇族お抱えの職人に命じて作らせたものだ。
ジュダル自身は興味がないので詳しくは知らないが、おそらくはこの一着だけでも庶民が半年は暮らせるだけの値が張るはずだ。もしかしたらそれ以上かもしれないが。
「ん。いーじゃん」
「ホントか? 前のよりこっちのがいい?」
「やっぱ黒だな」
「ジュダルと同じだから、俺もこの色の方がいいな」
おそろいだ、そう言って笑うアリババの表情は、実年齢よりもずっと幼い子供のようだった。
記憶がないせいか、アリババの言動はどこか子供めいたものが多い。
だからこそ、ジュダルのとってつけたような偽りにも簡単に騙されたのだろうけれど。
アリババが新たに身に着けた服は、使われている素材こそ高価な物とは言え形自体はこの国では珍しくないものだ。
細かい意匠やらは考えるのも伝えるのも面倒だったので、とりあえずコイツに合う服な、とだけ告げて任せてしまったのだが流石はお抱えの職人の仕事であると言えた。
動きを妨げない機能性を保ちながら、どこか上品さや高貴さも感じる。
訳ありのようではあったが王族の血を引いているのだから、ある程度の礼服ならば着慣れているのかもしれない。
だがジュダルが何より気に入ったのは、先にも口にしたようにその色を、だった。
夜の闇を彷彿とさせるような、漆黒。
それはアリババがこれまで纏っていた白を基調とした衣服とは正反対で、だからなのかふっと視線を手繰られるような引力を感じるものだった。
纏う衣一つで、と思いはするのだが、苦く思うよりも愉しい気分の方が勝った。
楽しいのは、まるでその身が黒に堕ちたように見えるから、だ。
「……お前、さあ」
「ん?」
言いながら手を伸ばし、ひたりとその首筋に当てた。アリババは振り払うどころか身じろぎ一つせずに、ジュダルの言葉の続きを待っている。
きっとこのまま指先に力を込め、首を絞めても。おそらくは抵抗もしないままに違いない。
それぐらい今のアリババにとってはジュダルの言は絶対だ。その世界を構築する全てであると言っても過言ではない程に。
そうなるように、幾重にも嘘と偽りを摺り込んだからだ。
風切羽を落とした張本人だと知らぬまま手の内で囀る鳥のようだと思う。
愚かで、だからこそ。ただ手の内に閉じ込めておきたいと、そんな衝動が湧きあがりそうになる。
「……この紐も、そのうち新しいの見繕ってやるよ」
「うん、任せる」
「俺に飼われてるって、一目で分かるようなの、な」
暗い感情を軽口に置き換え、アリババの首に巻かれた紐を指でなぞった。
ジュダルの言葉に頷くアリババは、その身を取り巻く光は、黒い服を纏って尚、変わらなかった。
堕ちればいいのに。俺の、手の中に。
全部堕ちてくれば、きっと何より面白いのに。
玩具に執着するような気分でいるジュダルは、どこか切望するようにそれを願っている自身には気付かなかった。
白と黒が隣り合う奇妙な日々は、まだ暫くは続きそうだった。
記憶喪失ネタって鉄板だよね! というカンジで。…カンジで…
アリババくんは黒い服も似合うと思うんだよ、と。
てゆか男が服を贈るのはそれを脱がせる以下略。
服見せに来たとこの会話がカレカノっぽいとか、そんな、そんな…ねえ?(笑)