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せめて爪痕
雨が降っている。どうせなら雪に変わらないかな、などと思いながら欠伸を一つした。
行為後の身体はとにかく気だるくて、シャワーを浴びようかどうしようかと迷いつつ薄い布団の上でごろごろしているのがアリババの現状だった。
このまま寝てしまおうか、とぼんやり考えているとキッチンから戻ってきたカシムがアリババの後ろにどすんと腰を下ろした。
きちり、とペットボトルの蓋を開ける音が聞こえ、アリババはごろりと転がって仰向けになるとカシムの方へ顔を向けた。
ミネラルウォーターを煽るカシムの喉が上下するのを眺めながら、そんな何気ない仕草までもがカッコよく見えるのだからずるいよなあなんて思ってみたりする。それがまあ所謂惚れた欲目だろうと言われようと、実際この目にはそう映ってしまうのだから仕方ない。
「カシム、俺にも」
言いながら手を差し出す。
手の甲で口元を拭ったカシムがアリババを見下ろし、その眉間に皺が寄った、と思った次の瞬間だった。
「いっだ?!!」
何の前触れもなく、額をべちりと叩かれた。それも割と容赦のない力具合で。
情事後の心地良い気だるさが一気に吹き飛び、叩かれた場所を手で押さえながら身体を起こす。
「っにすんだよ!」
「何すんだはこっちのセリフだっつの」
言いながらカシムは何故か手で後頭部を擦っている。
叩かれたのはこちらの方なのに、何故カシムまでもが渋い顔をしているのかが分からない。
いきなり叩かれたことへの苛立ちと調子の悪そうなカシムへの心配とで、心情が揺れ動く。
とりあえず黙ったまま様子を窺っていると、やがてカシムが溜め息を一つ吐いて。
「お前さあ、気持ちいーのは分かったから、人の髪引っ張るのやめてくんねえ? そのうち俺禿げそう」
「は? ……っ!」
一瞬何を言われているのか分からず首を傾げたが、すぐに理解し、それと同時に顔に熱が集まるのが分かった。
行為の最中、アリババは無意識にカシムの髪を引っ張っていたらしい。カシムが頭を擦っていたのは、引かれた箇所が未だに痛むから、ということだろう。
原因は分かったが、指摘されるといたたまれないというか、居心地が悪いというか。
そもそもが意識して髪を掴んでいたわけではないのだから、それで詰られるのは理不尽に思えてしまうというか。
「そ、そんなん、しらねえ、し」
「ふーん?」
「大体っ、お前が好き勝手やってく……」
「勝手? ホントに?」
顔を覗きこまれながら言われ、言葉に詰まる。
更に膝に手を乗せられ、ますます声が出て来なくなった。
つい先ほどまでアリババに触れていた、手のひら、指先。少しかさついたその手は、本人よりも余程アリババの事を知った風にあちこちに触れ、身体を熱くさせ快楽を呼び起こさせる。
完全に熱が引いたわけではないからか、カシムの手が触れるだけでどこか痺れるようにも感じられてしまう。
耐えきれずに目を伏せたのと、カシムがふ、と笑ったのとがほぼ同時だった。
「っ、カシ、ム?」
「その顔は反則だろ、お前」
ぐい、と引き寄せられて、途惑いながらカシムを呼ぶ。触れあう素肌が心地良くて少しだけ身体が震えたのは、どちらだっただろうか。
カシムの手が、アリババの耳の後ろ辺りの髪をくしゃりと撫でた。
自分がどんな顔をしているかなど、鏡が目の前にあるわけではないのだから分かるはずがない。
アリババが何を考えているのか分かったのか、カシムはますます楽しげに笑って。
「今度は髪じゃなくて、背中にしっかり手ぇ回しとけよ」
「……爪、たてると思うけど」
女のコではないからそんなに爪を長く伸ばしているわけではないが、それでも力を入れれば爪痕は残ってしまうだろう。
アリババの言葉にカシムが返したのは、どこか意地悪そうにも見える笑みだった。
「背中の爪痕なんざ、男にとっちゃ名誉の負傷だろ」
END