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其は奇跡か悪魔の業か
無造作に積み上げられた書簡の中で、何故かやたらと「それ」は目を引いた。
気になって手に取るが、別段珍しい装飾が施してあるわけでも何でもない。外には特に明記されておらず、中身に何が書かれているのかは分からなかった。
「……なんだろ、これ」
分からない。だが、何故か気になる。
少し考えた後、アリババは百聞は一見に如かず、とばかりに紐を解いた。
慣れない生活の中で最近の癒しは巷でも流行っているらしい冒険小説を読むことだ。これも何か物語が書かれているかもしれない。
興味のないものならば元に戻せばいいだけの話だ。思いながらぱらりと開いた、その瞬間。
「っは?! なに、なんだこれ…っ」
表面から黒い煙とも靄ともつかぬ物が溢れ出し、アリババは目を丸くした。
書簡からこんな得体の知れない物が出てくるなど、聞いたことがない。一体何が起きたというのだろうか。
混乱したアリババは、それを手放し逃げだすという思考にすら至れずに立ち尽くしたままだった。
呆然としているうちに、黒い煙はアリババの目の前で一つに収束していった。まるで意思でもあるかのように。
そうして。
「あん? なんだ、今回はまた随分ちっせぇのに呼び出されたもんだなあ」
不意に響いてきた声が鼓膜を揺らし、アリババは慌てて辺りを見回した。
確認しても部屋の中にはアリババしかいない。
「どこ見てんだよ、目の前だよ、目の前」
「え、え……っ?」
前にあるのは、得体の知れない煙のようなものだけだ。そう思った瞬間だった。
「わっ?!」
伸びてきた手に腕を掴まれた。驚きに肩が跳ねる。アリババの前に、いつの間に現れたのか一人の男が立っていた。
アリババよりも背が高い。
褐色の肌に、銀色の髪。アリババを見下ろしてくる目は明るい翠玉のようで。
その風貌や見た事のない服装から、一目で男が異国の人間だと分かる。
どこから現れたのか、一体何者なのか。
間者か侵入者の類だとすれば由々しき事態だ。兵を呼ぶか、身を守るために逃げなければならない。
頭では理解しているのに、動けない。まるで魅入られてしまったかのように。
呆然としているアリババを見て、男が目を細める。一拍遅れて、笑ったのだと分かった。
「ま、いいかァ。見所はありそうだしな」
掴まれたままだった腕をぐい、と引かれた。
振り払わなければ、そう思うより早く男が身を屈めてくる。
何をする、と声を上げることすら出来なかった。顔の横で男が笑った気配がする。
「はじめまして、ご主人サマ?」
「え、な、なに……」
「心配すんな、単なる契約だ」
「いっ……」
首筋に走った、微かな痛みと熱。吐息が耳を擽り、口づけられたのだと気付いた。
目を丸くしていると男の手がくしゃりと髪を撫で、目の前でにこりと微笑まれた。
どこから現れたのか分からない得体の知れない人物だというにも関わらず、その笑顔はどうしても悪人には見えずに。
「ふーん、ナルホドね。大体は分かったぜ」
「あの、今……?」
うんうん、と一人納得したように頷いている男に、訳が分からないアリババは首を傾げるしかない。
アリババの様子を見た男は苦笑し、肩を竦めた。
大仰な仕草だが、それがやたら絵になる。
「苦労してる割に純粋培養っつーか……ま、それはそれで面白いか。これからよろしくな、アリババ!」
「話が見えないんですけど、ちゃんと説明してください、シャルルカン」
「説明なんていらねえだろ? もうお前は分かってるんだから」
人差し指でとん、と額を小突かれる。
眉を寄せるアリババは気付いていなかった。
教えていない筈の名前を男が呼んだ事、教えられていない筈の男の名をアリババが当たり前のように口にした事に。
アリババの手に握られていた筈の書簡は、いつの間にか跡形もなく消え失せていた。
お題を見てぶわっと浮かんだ話。シャルルカンの練習に書いてみた。
この後シャルルカンはエリオハプトから亡命してきた一貴族であり手錬の剣士だと周囲に認識させて、アリババの護衛と傍役に就くんじゃないかな。
彼が悪魔なのかそれとも書簡に宿る精霊みたいな存在なのかは私も知らない…
つづかないよ!