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もののけ狂想曲
【アリババ・狐、カシム・狼男、オルバ・猫又/人型と獣型へは本人の任意で変化が可能】
「それ」は座り込むアリババの横にぴたりとくっついていた。横というか、斜め後ろに近いような位置ではあったけれど、ともかく密着している事に違いはない。
誰であるのか見定めるよりも先に「それ」がアリババの腰に腕を回してくっついていると分かった時、カシムは自分の眉間に皺が寄るのを感じていた。
いつもより大きな歩幅でアリババの元へ歩み寄ったカシムは、アリババと「それ」を間近から見下ろした。
「何だ、そのチビ」
「何って……この前も言っただろ? オルバだよ、友達になったんだって」
「……ふーん」
「……どうも」
アリババよりも年下なのだろう、オルバと呼ばれた少年の体躯はカシムから見れば随分小さく見えた。
値踏みするようにオルバを見る。黒く尖った獣耳と、同じ色をした長い尾。どうやら猫又らしい。
カシムは自身の容姿がどんな風であるか知っている。オルバ程の年頃の子供から見れば、無表情で見下ろすだけでも威圧的に思われる事も理解していた。
それでもオルバは、臆することなくカシムを睨み上げてきた。なりは小さいが度胸はそこそこにあるらしいと評する。
些か感心はしたけれど、その目に宿る光に厭という程見覚えがあるカシムにしてみれば放っておくわけにも行かず。
「んで? いつまでアリババの陰に隠れてる気だよ、チビ」
「チビじゃねえよ、オルバだっつっただろ、アリババが」
「人の腰に張り付きながら言ったって迫力の欠片もねえなあ」
「俺がどこにいようと関係ねーだろ」
言ったオルバの手がアリババにしがみつく力を強めるのが分かった。アリババに見えない角度だと分かっているからだろう、憎々しげな表情でカシムに向けて舌を出してきたりもして。
流石にカチンときたカシムがこのチビひっぺがしてやる、と手を伸ばしかけたその瞬間だった。
「なーんだよオルバ、くすぐったいだろー」
「だってあんたのしっぽ、ふかふかで気持ちいー」
カシムの視界からオルバの姿が消え、次いでアリババが楽しげな笑い声を上げた。
声の発生源に目を向ければ、アリババの尻尾の中に小さな黒猫がちょこんと埋もれるように座っている。その黒猫がオルバである事は一目瞭然だった。
オルバはアリババの尻尾にじゃれつくように顔を擦りつけ、その感触がこそばゆいらしいアリババはくすくすと笑う。
絵面としては非常にメルヘンというかファンシーというか可愛らしいものなのだが、オルバが見た目通りの子供子供した性格ではないだろうと分かってしまったカシムには、苛立ちを煽るだけの光景でしかなく。
このクソ猫が。
内心で呟いた所で、アリババがカシムを見上げてくる。タイミングの良さにまさか心の声が聞こえてしまったかと動揺とするが、アリババはにこりと笑って。
「俺のしっぽな、カシムが毎日梳いてくれんだ。だからふかふかなんだぜ」
「……ふうん」
楽しげなアリババの声とは対照的に、オルバの返答はどこか固い声だった。アリババの尻尾に顔を埋めたオルバの表情は見えなかったが、その耳が神経質そうにぴるぴると揺れていた。
少なからず想いを寄せている相手から聞く言葉としては、なかなかにショックだろう。
アリババの自分へ向けられる好意への鈍さは時として病的にも思えるレベルで、カシム自身それに何度も脱力させられたり苛立ったりしてきたものだから今のオルバの気持ちは手に取るように分かった。
アリババの優しさは時に残酷だ。かと言って、カシムはアリババを手放す気など毛頭ないのだけれど。
何となく気の毒になったので、話題を変えてやることにする。
「つーかもう暗くなるけど、そいつまだ帰んねえの」
「えっ? 言ったじゃんか泊まりに来るって」
「……は」
聞いてねえよ。言いかけたが、何とか呑み込んだ。以前アリババの話に生返事で答えていて拗れに拗れた事を思い出したのだ。
オルバはまだアリババの尻尾に埋もれている。
今日も長い夜になりそうだ。