花喰い「白龍、これやるよ」
そう言いながらアリババが手渡して来たのは、見事に編み込まれた花冠だった。
差し出されたので反射的に受け取ってしまったのだが、何故花冠をアリババが持っていて、それを手渡してくるのか。
「あの……これは」
「俺が作ったの。あ、聞いてない? 最近紅玉さんに作り方教えてるんだけど、それでちょっと作り過ぎちまって。お裾分け」
「アリババ殿がこれを? 随分……器用ですね」
シンドリアではよく見かける鮮やかな色彩の花がふんだんに使われ、くるりと丸い円を描いている。
市井の子供ならば野草を使って遊ぶのも珍しくはないだろうが、妾腹とは言え紅玉は皇女だ。花遊びなど未体験であるが故、珍しがったのだろう。
アリババの生まれは聞いた事があるが、それを踏まえて尚思わずまじまじと渡された花冠を眺めて感心してしまう。
そもそも花遊びはどちらかといえば少女のする遊びではないだろうか。
「あー……まあ、生活にかられて、ちょっとな。うん」
白龍の言わんとする事が何となく分かったのか、アリババは苦笑しながら頭をかいた。
何となく踏み込まない方がいいような気がして、それ以上追及する事はやめておく。
それよりも、白龍は先程から渡された花冠が気になって仕方なかった。
何故かはわからないけれど、胸の内がざわつく。
気分が悪いとかそういう類のものではなく、やけに落ち着かない。
「白龍? どうした?」
問いかけの声こそ耳に入れど、答えられない。
喉が渇いているかのようなこの感覚は、一体何だ。
意識を鎮めようとゆっくりと深く息を吸い込んだのだが、すぐに失敗だったと悟る。
花の香りが鼻腔を刺激してくらりと目眩がした。
俺は、何を。
そう制止しようとする自分が確かにいるのに、頭の芯が痺れたような感覚は広がっていくばかりだった。
右手が、手にした花冠を象る花を無造作に引き千切る。
ぶちりという音、落ちた花弁、アリババが驚いたように目を丸くするのが、順番に視界に写った。
白龍はむしった花をそのままぽいと口の中に放り込む。
濃厚な花の香りが、脳髄まで刺激するかのように広がった。
「え、ちょ、白龍!?」
目を剥いたアリババに腕を掴まれた。
だが白龍はそれに答えず、もぐもぐと咀嚼を続ける。
しれっとした様子の白龍を前に、アリババは目の前で面白いぐらいに狼狽していた。
「な、なぁそれ食えんの? 腹壊したりしねえ? つうか美味いの? ってそうじゃなくて、いや、あの、なあ白龍!」
「なんですか」
「おわ! な、何だよいきなり喋るなよ」
「アリババ殿の方が余程喋ってましたけど。そもそも口の中に物が入ってるのに答えられるわけないでしょう」
「あ、そか……ごめん。じゃなくて! 何でいきなりこんな事……」
「別に有毒性はありませんから平気ですよ」
言いながら指に付着していた花粉を舐め取る。
噎せ返るような花の香りは消えないままだ。
アリババに渡された花冠にはふんだんに花が使われているのだから、それも当然だ。
食べた花は、鮮やかな色彩とは裏腹にそう美味しいものではなかった。食用に栽培されているわけではないのだからそれに文句を言うつもりはないが。
濃厚な甘い香りが纏わりついているような気がする。
見えもしないのに、胃の腑に落ちた花が尚も匂いを撒き散らしているかのような。
「お前結構突拍子もないよな……あービビった……」
がくりと肩を落とすアリババからも、同じ香りが漂ってくる。
紅玉に花冠の作り方を教えていたと言っていたから、花の咲き乱れる場所に割と長い時間留まっていたのだろう。
その間に匂いが移ってしまったに違いない。まるで、彼自身が芳香しているかと錯覚をする程に。
甘い、あまい。
思考がかき乱される。
痺れた思考のまま、白龍はアリババの手首を掴んでいた。
花は苦かったけれど、アリババならどうだろう。この手なら、甘いかもしれない。
ふっと笑い、掴んだアリババの手を口元まで持ち上げて。
まるでその指に口づけを乞うようだ、と思いながら白龍は口を開けた。
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