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宵闇に落つ(或いは死の淵への誘い)
準備が整うまで待っていて、とヤムライハに通されたのは人気のない静かな部屋だった。
そのヤムライハはと言えば、今のうちに説明したい事があるから、とアラジンを連れてどこかへ行ってしまった。
手持無沙汰になってしまったアリババは、する事もなく用意された椅子に座って右腕をぼんやりと見下ろしていた。
腕を覆う、黒い不気味な痣。
死の呪縛、と告げられたそれが魔法であることはヤムライハが見抜いてくれた。
解除方法は分からずとも、多少なり抑える方法があるらしい。
だがそれを聞いても、不安の全てが拭い去れるわけでもない。
ルフが黒く染まるとどうなるかは、カシムの件でもザガンの迷宮で出会ったムスタシムの王女の件でも少なからず見て来た。
何かを、誰かを恨みながら生きていくのは、哀しくて苦しい。
ああなるのは怖いし、嫌だ。
しかし、流れに抗った末に待つのが死だと言われ、動揺しないわけもなく。
どうなるのか分からないのが、怖い。
左手で、右腕の肘の辺りをぎゅっと掴んだ。そうでもしなければ、みっともなく震え出してしまいそうだった。
「……痛むのか、アリババ」
「えっ、いいえ」
声を掛けられ、反射的に返事をしながら俯きかけていた顔を上げる。
すっかり自身の考えに没頭していたが、師であるシャルルカンも同じ部屋にいたのだった。
アリババ自身は今の所体に異変はないし一人でも大丈夫だと言ったのだが、何があるか分からない魔法だから、とヤムライハに押し切られた。
部屋を出る間際、ヤムライハは何度も何かあったらすぐに呼びなさいよいいわね、とシャルルカンに念を押していた。
いつもならば彼女にそのような物言いをされれば子供のように言い返すシャルルカンだが、今日はただ一言分かった、と頷くだけで。
ヤムライハはシャルルカンの様子に何か言いたげに顔を顰めはしたものの、そのままアラジンを伴い行ってしまった。
その後も普段の彼からは考えられない程にむっつりと押し黙ったままだった。その表情は、固い。
あの時、宴の場に唐突に現れた組織の男に一番に斬りかかったのが、他ならぬシャルルカンだった。
民に向けて力を放った敵を駆逐するのは、八人将として当然の役割だ。彼は自分の職務を全うしただけで、それに責任を感じる必要など微塵もない。
だが、シャルルカン本人はそう捉えてはいないようだった。
気にすることはないと言いたかったが、自分の口からそれを告げるのはどうなのかと思い躊躇う。
軽佻なように見えて、シャルルカンはその実周囲を冷静に洞察し分析する事が出来るだけの人物だ。
今の状況だって頭のどこかではちゃんと把握出来ているのだろう。ただ、理解する事と納得する事は似ているようで違う。
納得できない。
状況は違えど同じような気持ちを抱いたことがあるだけに、能天気に気にするなと告げるのは憚られた。
「あの、師匠?」
「どうかしたか」
「いや、大したことじゃないんですけど……ヤムライハさん、アラジンに何を説明しに行ったのかな、と思って」
場を持たせる為に何となく口にしたのだが、気になっていたのも事実だ。
自身の弟子であるアラジンに見せたいものというぐらいだから、何か魔法に関連したものなのだろうと予想はついているが。
「ああ、たぶん転送魔方陣の説明だろ」
「転送……魔方陣、ですか?」
聞いた事のない名称だった。
首を傾げたアリババに、シャルルカンはそれがどんな仕組みのものかを説明してくれる。
何でもないように告げられたが、敵にとっては驚異的な魔法だろう。作り上げるまでに紆余曲折があったであろうことは、魔法が使えないアリババにも理解できた。
この国は凄い国なのだと、改めて思う。
「ま、俺は陣なんざ見てもよく分かんねーけどな。剣振るってる方が性に合ってるし」
肩を竦めるシャルルカンに、曖昧に笑ってみせた。
アリババとて剣を振るうことしか出来ないのだが、魔法を見せられると凄いものだと感じるのが正直な所だったりするので。
かと言ってシャルルカンの前で魔法に称賛を送ると何を言われるのか分からない。
忘れていたわけではないが、この腕に施された呪いとやらも魔法の一種なのだとヤムライハは言っていた。
今はまだ痣が気持ち悪いと思っている程度だが、そのうち変調をきたすのだろうか。痛むのも苦しむのも御免だ。
だが、それより何より嫌だと思うのは、アリババが苦痛を感じることでシャルルカンが自身を責めるのだろうという事の方だった。
「? 師匠?」
ふと、シャルルカンが何かを探すように視線を中空に巡らせる。
その目線を追うが、そう広くもない部屋だ、何か変化らしきものは見受けられなかった。
何を、見ているのだろう。
聞いてもいいのか、迷いながらもう一度師を呼ぼうと口を開きかけたその瞬間だった。
「っ、う……?」
「アリババ?」
ぞくり、と背中を悪寒が駆け抜けた。
よくないものが、傍らに立っているかのような。
何かは分からないのに、本能が警鐘を打ち鳴らしている。
気持ち悪い。嫌だ。怖い。
意識を支配する嫌悪感に、身体が震える。アリババは反射的に右腕を押さえ、抱え込むような姿勢になっていた。
寒いわけではないのに、がちがちと歯が鳴る。
「おい、アリババ! しっかりしろ!」
「……ぐ、っぅ……」
答えたいのに言葉が出ない。返事が出来ない。
背中に触れたシャルルカンの手が、一瞬びくりと強張った。
けれど、その手はすぐにアリババの背をぐっと押さえ支えてきた。
「ヤムライハ! まだか!!」
びりびりと、鼓膜を震わせる声。
焦燥を隠そうともしない様子に、そんな声を出させてしまった事を申し訳なく感じる。
霞み始めた視界が捉えたのは、右腕の痣がじわじわと侵食するように肌に広がって行く様だった。
頭のどこか冷静な部分が、あの嫌悪感は痣が進行し始めたからだったのか、と分析している。
身体に力が入らず、四肢の力が抜けていく。
ぐらりと傾いだ身体を、シャルルカンが腕を掴み支えてくれた。
このひとの手は大きいな、と。そんな事考えている場合ではないはずなのに、どこか呑気にそう思った。
落ちる、そう自覚する事もなくアリババの意識はふつりと途切れた。
テレポート(違)の説明ありがとうヤムさんでもアリババくん放置で大丈夫なの? と思ったので自分なりにそこを埋めてみた話でありました。
あと師匠に師匠っぽい事をさせてあげたかってん。
シャルがあらぬ所を見た時がフォラーズ使った時っていうね。眷属だから何となく感じるものがあったんでもいいし、歴戦の剣士としての何かが空気を感じたのでも、どっちでもいい。
…説明ないと分からんのはイカンと分かっているんだが、これは分かりにくいかなあ、とね…