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行き詰まったときにこそ見える光を人は希望と呼ぶ
コドル6の担当教官、マイヤーズの行う身体強化の授業は厳しかった。
魔法学校の授業とは到底思えない程に身体を酷使する毎日はきつく、コドル6の生徒の中でも特に幼く小柄であるアラジンは隊列の最後尾になっている事も珍しくなかった。
息を荒げ、歯を食いしばり、心身共に疲弊しきって自室に戻るとそのまま気絶するようにベッドに身を投げ出すだけの日々。
このマグノシュタットという国に、学院に潜入した元々の理由すら考える暇もない程だった。
アラジンが学院に編入して、二週間が過ぎようとしていた。
「あと二週間もこんな毎日かよ……」
うんざりとしたような呟きが聞こえてきたのは、今日の授業が終了し夕食を摂っている時だ。
アラジンは耳に入ってきたそれにスプーンを持っている手を止めた。声の主が誰かまでは分からない。
一週間ほど前からだろうか、厳しい毎日に耐えきれず授業に顔を出さなくなる者がちらほらと出始めていた。彼らが学院を去ったのかどうかは知らない。
コドル6の面々は毎日身体を酷使している為、一日の終わりには大抵がボロボロになっている事が多い。そんな調子だから授業中は勿論の事、空いた時間に交流を深めるような余裕なぞついぞありはしなかった。
それを少しばかり寂しくは思うが、自分のことで精一杯というのが正直な所だった。定期試験に落第すれば退学処分だというし、そうなってしまえばこの国を調べるという本来の目的どころの話ではなくなってしまう。
体力作りがどれほどまで魔力を高めることに役立つかなどアラジンには見当もつかないが、今はただ言われたことをこなすより他なかった。
「……うん、食べよう」
呟き、食事を再開する。正直に言えば食事が喉を通るような状態ではないのだが、食べなければ明日が持たないとここ二週間でしっかり悟らされたので、アラジンは無理矢理にでも出されたものは口にするようにしていた。
最初の2、3日はこみ上げてくる吐き気を無理矢理押さえ込みながら飲み込んでいたのだが、ここ数日は食事を楽しむまでは行かずとも何を食べているのかぐらいは認識出来るようになっていた。
厳しい毎日に身体が慣れてきたのか、少しずつでも体力がついてきたからか。出来ることなら後者であってほしいと願いながら、籠に盛られたパンに手を伸ばす。
「あっ!」
思わず声を洩らしたのは、肘が何かに当たった感触がしたからだ。次いで、ぱしゃりと水音が鼓膜を穿つ。
横に置いていた水の入った杯を倒してしまったらしい。
「あ……」
「うわあ、ご、ごめんよ! 大丈夫かい?」
慌てたのは、滴れた水が隣に座っていた青年の服を濡らしていたからだ。
拭える布か何かないかと探していると、青年はそんなアラジンをちょっと待って、と制止した。
「あの、大丈夫だよ、これくらいなら」
「えっ?」
「このくらいの水なら、僕の魔法ですぐ……」
言って、青年は傍らに置いてあった自身の杖を手にする。
それから彼が口の中でぽそりと何か呟いたかと思うと、彼の服や卓の上に滴れた水が瞬く間に宙に浮かび上がった。水はそのまま漂い、杯の中に戻る。
「うわあ、凄いねえ」
「水魔法だけなら、得意なんだ」
というか僕それしか出来ないんだけどね、そう言って青年は眉を下げて笑う。
どこか気弱そうな表情の青年は、そういえば走り込みの時にアラジンの横や前を走っている事が多かった。年齢的にはアリババや白龍と近いくらいだろうか。
水を操る様子がヤムライハを思い起こさせてどこか懐かしく、また体力的にも同じくらいだからか何となく親近感を覚える。
「水、ごめんよ? 僕ね、アラジンっていうんだ」
告げれば、青年は驚いたような表情を覗かせ、けれどすぐに笑顔になった。
毎日の授業でクタクタで、こんな風に誰かと笑顔を交わし合うのはひどく久しぶりのような気がする。大した会話をしてはいないのに、何故かひどく心の内が暖かくなっていく。
「気にしてないよ。僕は……」
青年の名乗る声を聞きながら、明日も頑張れそうだと、そう感じていた。