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カシム追悼・何度だって呼ぶから
カシムの亡骸を静かな場所に安置し、アリババはその前に座り込んでいた。
皆気を遣ってくれたのか、アリババの周囲に人の姿はない。
彼の、否、今回の騒動で失われた命たちのルフが救われているのだとは、頭では理解出来ている。
だが、いやだからこそ、喪失の痛みは心にぽっかりと穴を開けたかのようにアリババの意識を苛んでいた。
まだやれる事が、出来た事があったのではないか、と。どうしてもそう考えずにはいられない。
どれくらいそうしていただろう。
ふっと溜め息を吐いた、その時だった。
脚の上に何かが、小さな物が落ちた感触がした。
首を傾げて、それを見てみる。
「……あ」
思わず、声が漏れた。
アリババの脚に乗っていたのは、カシムの耳を飾っていた赤いピアスだったのだ。
おそらくは服のどこかに引っ掛かっていたのだろう。
手に取ろうとして、けれど上手く掴めずにピアスはアリババの指を逃れるように床に転がり落ちる。
慌てて追い、拾ったそれを手の上に乗せた。
手のひらに乗せたそれは、何故だかひどく心許ないように感じられて。
「……なんだよ、何、ついてき……っ」
茶化すような呟きは、言い切る前に途切れた。
溢れた涙が、喉を塞いだ。
一度止まっていたはずの涙は、堰を切った途端に痛いほどに溢れてきた。
ああ、まだ止まってなかったのか。
他人事のように考えながら、伝い落ちる涙をどこか無感動に見やる。
涙はアリババの手に乗せられているピアスの上にも、ぽたぽたと零れた。
「……シム」
掠れ震える声で、名前を呼ぶ。
何度だって呼んできた。
カシムはいつだって、アリババが呼ぶその先にいた。当たり前のようにいて、それが失われるなんて考えもしなかった。
王宮へ引き取られて、宝物庫の襲撃という裏切りに遭い、霧の団で生活を共にするようになってもどこか距離を感じたりもしていた。
それでも、カシムが失われるなんて想像もしていなかった。
道を分かたれてそれでも尚、喪失のことを考えたことなどなかったのだ。
物心ついた頃から、当たり前にカシムは存在していたから。
今まで続いてきたことが変わったりしないと、どうして信じられていたんだろう。
「っ、ぅ、カシ、ム……っ」
呼ぶ。
嗚咽の狭間から、何度も、何度も。
応えは返らないと知りながら、呼ばずにいられなかった。
それしか、出来ることがなかった。
落ちる涙はそのままに、横たわるカシムの肩辺りに手を触れる。
黒いルフと「ジン」の影響なのか、遺されたカシムの体は冷たいというより軽く、まるで炭化してしまったかのようで、それがただ哀しかった。
どうしたら良かったのかなんて、分からない。
ただ、もうカシムが世界のどこにもいないという事が、どこか信じ難かった。
哀しみが、この胸の内の空虚さが癒える日は来るのだろうか。それは、いつなのだろうか。
……その日には、俺はカシムのことを忘れていたりするんだろうか。
考えて、ぞっとする。
忘れたくない、忘れられるわけがないと、今は思う。けれどこの先どうなるかなんて、誰にも分からない。
カシムを失うなんて事を、アリババが一片たりとも想像していなかったように。
泣きながら、ふとカシムの片耳に残ったピアスが目に留まる。
握った手をゆっくり開いて、二つを見比べた。
暫くそのままでいたアリババだが、やがて。
「……なあ、兄弟。一緒に、行くだろ」
ぽつり、呟くと。
震える手で、カシムの耳に残ったピアスをそっと外した。アリババの耳に光る飾りと、色違いのそれ。
遺された唯一のもの。
アリババは、それを手の中にぎゅっと握りこんだ。
涙は止まりそうもない。
嗚咽を漏らしながら、アリババはカシムの体に縋りつくように突っ伏して。
涙も、呼び声も、途切れ途切れに続きながら夜の闇に溶けていった。
END
く、暗!!
ええ、まあ、書いとかないとな、と思ったのです、よ……
文中の「兄弟」は「カシム」と読んで頂ければ。