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生きた人形――プランツ・ドールと呼ばれるそれがやたらと周囲で流行り出しても、ジュダルはとんと興味が湧かなかった。
いい年こいて何が人形遊びだ、くらいにしか思わなかったから、幾ら勧められても断り続けていた。
だから、その出逢いは本当に偶然でしかなく、まさしく神の悪戯とでも称するしかないものだったのだ。
狭い路地裏から辺りを気にしながら走り出てきた男を屋根の上から見かけ、人でも殺したのかな、などと思いながら覗きに行った。
そこにあった布の塊を、興味本位で暴く。中にくるまれていたのは、子供だった。
煌帝国では珍しい金色の髪の子供は、浚われて来たにしては随分と小奇麗な顔立ちと身なりをしていて。
覗きこんでいると、子供はぱちりと目を開けた。黄金色とも蜂蜜色とも言える瞳が、ジュダルに向けられる。そうして。
驚いたのは、子供がジュダルを見上げるとひどく嬉しそうに幸せそうににっこりと笑ったからだ。
「はぁ? 何、おま……え」
笑って、まるで待ちわびていたかのようにジュダルの腕に抱きついたのだ。
子供が人ではなく、今流行りのプランツ・ドールなのだと気付いたのは、くっつかれたその拍子にふわりと香った匂いのせいだった。
強く香るものではない、傍に立って触れてようやく分かる程度のものだ。
花にも植物にも詳しくないジュダルには、それが一体何の香りを模したものなのかまでは分からなかった。
だが、深い森の奥にひそりと湧く泉のような匂いは、やけにジュダルの気持ちをかき乱した。
「さ、わんなよ!」
咄嗟に振り払う。プランツはまさかそうされるとは思っていなかったのか、純粋に体格差における力量差のせいか、簡単にジュダルの腕から離れ吹き飛んだ。
どっと音を立てて尻餅をつき、けれど何が起きたのか分からないような顔でジュダルを見上げてくる。
向けられる眼差しが、振り払われて尚きらきらとしているように見えるのは、その金色のせいだろうか。
「ついてくんなよ! 俺は人形なんかいらねーんだから!」
言い捨て、背を向ける。立ち上がったプランツが追いかけてくる軽い足音が聞こえてきて、ジュダルは歩く速度を速めた。
プランツは、ジュダルがどれだけ追い払っても邪険にしても、ついてきた。
ムカついて浮遊魔法を使って屋根の上に逃げた。ここまでは追ってこられないだろう、と。
そのまま日当たりのいい場所を選び、ごろりと横になる。
面白そうだと首を突っ込んだはずなのに、とんだ代物と顔を突き合わせてしまった。
俺は人形なんかいらない、いらないんだ。
内心で呟きながら、不貞寝するかの如く目を閉じる。一眠りして忘れてしまえ、とばかりに。
考えたくなどないのに、思い出すのは先程邂逅したプランツの事だった。見上げてくる金色の目、腕を掴んできた小さな手と指、どこか懐かしいような匂い。
ふるり、頭を振る。あんなもの、俺は、いらない。
苛立ちは腹の中でぐるぐると渦を巻き、落ち着かない。
それでも気付けば睡魔に誘われるままにうとうとしていた、その矢先だった。
「っぐ、な、なにっ」
腹の上に、何かが落ちて来た。いや違う誰かが、乗ってきた。
まさかと思いながら目を開ける。
「っおまえ! どうやって……」
想像通り、目の前に居たのは先程置いてきたはずの金色のプランツだった。
ジュダルの顔を覗き込んで、にこにこと笑っている。
舌打ちしながら体を起こして、腹の上に乗っているプランツを引き剥がす。
もうこのまま城へ戻ってしまおうかと考え、ジュダルは動きを止めた。
にこにこと笑うプランツの様相が、先程までとは打って変わってひどいものだったからだ。
高そうな衣装はあちこちが破れ、汚れ、埃にまみれている。その頬にも土か砂か判別のつかない汚れがこびりつき、襟足で髪を結っていたはずの紐は解けてなくなっていた。
金色の髪も、あちこちがぼさぼさだ。救いなのは、髪の長さがそうない事だろうか。それにしたって、汚れを落とすのにも整えるのにも時間がかかりそうだったが。
更には、ジュダルの服をきゅっと掴む手も指も傷だらけだった。
何と無謀なことに、このプランツはどこからか屋根の上に登ってきたらしい。
「……んで、俺がいいんだよ」
呟く。
当然のことながらプランツは答えず、嬉しそうにジュダルを見上げているだけだ。
ジュダルは何となく、その髪に頬を寄せてみた。
あちこち汚れていてそれでも尚、先に香った深いような淡いような匂いは、変わらなかった。
その香りを吸い込むように息をする。何故だか分からないけれど、腹の底の方が暖かくなったような、気がした。
プランツはジュダルに身を寄せられ、嬉しそうに抱きついてくる。
慣れ慣れしくすんなよ、と思ったけれど振り払えなかった。
ああ、そうか。
俺は今まで、誰かにこんな風にまっすぐに分かりやすく明け透けに存在を求められたことなんて、なかったのか。
ジュダルはプランツの背をぎこちなく抱きしめてみた。
小さな背も、細い指も、こんな場所に登ってくるには不釣り合いで、きっと何度も転げ落ちたのだろう。
ぼろぼろの身なりで笑う姿は、いっそどこか滑稽で、けれど少しも笑えなかった。
どうしてだか、何が良かったのかは分からないけれど。
コイツは、俺がいいって。俺だけがいいって、そう思ってるのか。
「分かった。じゃあ……俺のもんに、してやる」
言い放ったジュダルは、気付いていなかった。
プランツを抱き締める腕に、知らぬ間に力がこめられていた事。
頬に当たる髪に、愛しそうに自身の目が細められている事に。
ともかく、こうして。
一人の孤独なマギと、一体のプランツ・ドールの生活は始まる事になったのだ。
この後泥だらけのプランツを小脇に抱えて紅玉ちゃんの所に行って「なあ、コイツ何食うんだ?」って聞いてとりあえずお風呂に放り込まれるね!
プランツは主人と認めた人間以外には基本懐かないから渋々お風呂に入れるんだろジュダル。