マスルールにけもみみが見えるアリババの話。で、マスアリ。
うっすら匂わせる程度に211夜ネタが仕込んであるのでご注意。

It's so cute!!!
やはりあのイスナーンにかけられた「呪い」とやらには置き土産があったのだ。
そう思わずにはいられなかった。
この状態を呪いと言わずして何と名付ければいいものか、アリババには分からない。
何故、どうして、如何なる理由で、こんなものが見えるようになってしまったのか。
頭がおかしくなってしまったか、外的要因があるのか。この二択を並べられた場合、正常な人間ならば後者でありたいと、あって欲しいと願うのが普通だろう。
朝から見えていたそれは夕刻になった今も変わらず見えていて、思わず頭を抱えたくなった。
アリババの頭を悩ませる理由となっているもの、それは。
……やっぱり、見える。
胸中で呟き、がくりと肩を落としかけたのを慌てて取り繕い机に置かれていた杯に手を伸ばした。
ぎくしゃくした動きになってしまった感は否めないが、酒の席で落ち込んだ様を晒すよりかはマシだろう。
だって、なんで、どうして。
マスルールさんの頭に、猫だか犬だか狼だか分からないけどとにかく動物の耳が見えるようになっちまったってんだよ、俺の目はっ!!
ついでに言えば尻尾も見えるって何なんだよ、病気? なあ俺新種の病気?
更に細かい事言うなら尻尾の形状的に猫じゃないだろうな犬っていうか、色合いとか見るに狼とかそういう類みたいな。
ああでもマスルールさんが狼か……似合うな……ってそうじゃねえよ完全に俺病気だよ頭の!!
……などと叫びたいのを押しとどめながら杯を呷る。
「ん、これうま」
やけ酒状態になって口に運んだものだったのだが、喉に纏わりつかない甘さと香りでとても飲みやすい代物だった。
果実酒の一種なのだろうが、初めて飲む味だ。
悩んでいたのも一瞬忘れ、杯の中身を覗き見る。日の光を濃縮したような橙色の液体は目にも優しい色で、思わず眦が緩むのが分かった。
美味しいものは、それだけで心を満たしてくれる。
視界にちらちら写るマスルールの姿(正確には何故か見える耳と尾)さえなければ、もっと楽しめたのだろうけれど。
楽しくないというわけではないが、まあどうにも落ち着かない。隣りに座るマスルールが、明らかに挙動不審な自分の様子をどう思っているか気になって仕方なかった。
とは言え、理由を尋ねられた所でまさか言えるはずもないのでこの時ばかりはマスルールの無口さに感謝したりもしたのだけれど。
マスルールの頭にあらぬものを発見してしまって自分の目か頭かもしくはその両方がおかしくなったのではないかと悩んでいたアリババを、終業時間と共に有無を言わさず飲みに連れだしたのは例の如くシャルルカンだった。
正直そんな気分では全くなかったのだがまあ気が紛れる方がいいか、とついてきてしまったのを後悔したのは席に通されて最初の杯を空けた直後くらいの頃だ。
どうやらシャルルカンは大勢いた方が楽しいだろ、と知り合いに声を掛けていたらしい。
普段なら何とも思わないシャルルカンの社交性が、今ばかりは憎い。
当のシャルルカンはと言えばアリババの事など放りっぱなしで店の女のコと盛り上がっている。
マスルールは黙々と料理を口に運んでいるし、アリババは気もそぞろの為飲まずにやっていられるかという状態だしで自身でも知らぬうちに酒量が増えていた。
「あ、何するんですかあ」
「飲み過ぎだ、こっちにしておけ」
新たな杯に手を伸ばそうとした所で、横から伸びてきた手にそれを遠ざけられた。
代わりに目の前に滑り込まされたのは果物がふんだんに盛られた皿だ。
一瞬むっとしたが、有無を言わさず口の前にブドウを一粒持って来られて反射的に口を開けてしまった。
放り込まれたブドウを大人しく咀嚼する。瑞々しく、甘い。
口の端から零れた果汁を手の甲でぞんざいに拭う。
「おいしいですねえ」
酔っ払いの思考なんて支離滅裂だ。
酒を遠ざけられたのも忘れ、アリババは笑いながら果物に手を伸ばした。
ブドウを房からもいで口に運ぶ。
力の加減を間違った所為で手の中で潰れてしまったが、多少形は崩れても味に問題はなかった。
掌やら手首やらに伝ってしまった果汁を舌で辿る。
「あまい」
ぽつりと呟いた時、マスルールが動きを止めるのが見えた。
どうしたんだろうなあ、とぼんやり考えながら顔を上げると、マスルールの耳がぴんと硬直している。
自分にしか見えていないそれに朝から悩んでいた筈だったのだが、酔って思考が鈍っているせいかマスルールの頭にちょこんと乗っかっている様が何だかひどく可愛らしく思えてきてしまった。
アリババはふふふふ、と肩を震わせて笑うと、マスルールに果汁で汚れていない方の手を伸ばす。
そのままマスルールの頭に手を乗せ、なでなでと幼子にするように頭を撫でた。
「マスルールさんは、かわいいですねえ」
告げた瞬間にマスルールの尻尾の毛がぶわっと逆立ったのだが、幸か不幸かアリババには見えない位置だった。
笑いながら耳の付け根辺りをわしわしと撫でる。
マスルール自身の表情は変わらなかったが、耳が気持ちよさそうに震えてアリババはますます笑いが抑えられなくなった。
酒精が入った故の酩酊感がアリババを包み込んでいて、何だかやけに楽しい気分だった。
「かわいー」
もう一度告げて、世界がぐるりと回った。
◆
「……っていう夢見たんですよねー」
「そうか」
「何つー突拍子もない夢を、とは自分でも思うんですけど。あーでも、狼っぽいマスルールさんも新鮮でした!」
思い出しているらしく笑っているアリババの手を掴む。
「狼、っていうのは間違ってもいない気もするが」
「えろいっす、それ」
呆れたように言いながらも、アリババはマスルールの手に指を絡めてくる。了承、の意だ。
アリババの身体を腕の中に収めながら、首筋に鼻先を埋めた。
狼、というのはあながち間違いでもないだろう。
征服し蹂躙し、喰らい尽くす。
獲物を手中に収める瞬間の高揚感は、行為の差異はあれどきっとひどく似たようなものだ。
「噛み痕でも残すか」
「……服で隠れる場所にしてくださいよ」
「止めればいいだろう」
「それで止めてくれた試しがないじゃないですか……」
ああ、それもそうか。
自分より余程自分の事を理解されているのに、おかしくなる。
喉の奥で笑って、剥き出しの肩に唇を寄せた。
「えっ、そこですか、ちょ……っんぅ!」
了承も静止も聞かぬまま、歯を立てた。
このまま。深く深く、この痕が消えない痣のようになればいいのに。
その痕の分だけは、アリババはマスルールのものなのだ、と。
そう主張出来るのに。
思ったその時。
マスルールは、一瞬奇妙な感覚に陥った。
身体の奥の方で、自分も知らない獣が吼えたような。嗤ったような。
獣、だなんて先程のアリババの言葉そのままだ。
幾らなんでも影響され過ぎだろう、と可笑しくなる。
「マスルールさん?」
アリババの手がマスルールの頭に触れる。
そこは先程アリババが話していた獣の耳があったであろう位置だった。くしゃりと、髪が撫でられた。
煽るような宥めるような指に、見えない何かが、何よりマスルールの欲が形を為していくようだった。
自身でも掴みかねる疼きを熱として昇華させるべく、肩口に触れたままだった唇を鎖骨の方へと滑らせる。
俺が、獣なら。
その牙の前に晒されたアリババは哀れな生贄か、それとも。
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