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蒼と青、聞けない横顔
海はどこまでも果てがないかのように青く続き、心地良い風が吹きつけてくる。
天頂を過ぎてゆっくりと傾き始めた太陽の光は穏やかで、まるでこの船が世界の中心に漂っているような気分になった。
海も空も青いのに、その二つは決して混じり合わない。
それは少し淋しいような、けれどだからこそどちらも美しいのかもしれないと思わせた。
見せたかったな、と考えて、そう思ってしまった自身に気付き少し笑う。
指先で、左耳に増えたピアスに触れた。
無機質なリングは、当然のことだが何も答えない。
爪の先が当たり、かつんと小さな音を立てるだけだ。
けれど。
会えなくて淋しいのも、忘れないのだからずっと一緒だと思う気持ちも、どちらもが胸中に在る。
正反対のベクトルのはずの気持ちが、当たり前のように同時に存在している。
どっちも本当の気持ちで、だから両方とも在っていいんだろう、とも。
矛盾していて、それでもどちらもが真実。
心は、自身でも驚くほどに静かだった。
なあ、見えるだろ?
海も空も広くて、世界は信じられないくらいに大きいってことが。
触れたピアスに語りかけるように、思う。
答えは返らない。
それでも、アリババはふっと笑って。
満足そうにも淋しそうにも見える顔で、目を伏せた。
白龍が見つけた時、アリババは船の縁に肘をついて海を眺めていた。
声をかけようとして、躊躇ったのは。垣間見えた横顔に、寂寥の色が見えたからだ。
哀しそうとまではいかない、穏やかな表情だった。だが、そこには確かに拭い去れない淋しさが浮かんでいた。
彼が見ているのは海ではなく、想い出なのかもしれない。
そう思うと、容易に声をかけられなかった。
左手が動きその指が耳のピアスに触れたのを見て、予想は確信に変わる。
出会った時から彼がその耳につけていた耳飾り。あれはおそらく、失った人のものなのだろう。
遺されるのは、辛い。哀しい。
失った空虚さは、いつだって心を千千に乱す。
なのに。
「!」
驚いたのは、アリババが笑ったからだ。笑ってから、そっと目を伏せるのが見えた。
哀しみを宿しながら、それでも尚大切なものを抱えているかのように。
ここにはいない誰かへ向けてでもいるかのように。
その表情の、そんな顔を出来る理由が分からず、白龍は途惑う。
憎まない、と。そう言われた時と同じだった。
踵を返しかけ、だが。
「白龍?」
呼ばれ、足を止めざるをえなかった。
気配に気付いたのだろう、船の縁にかけた手はそのままにアリババが白龍を振り向いていた。
驚いているらしく少しだけ丸くなっている目には、先程見えていた寂しさなど欠片もなかった。
「どうかしたのか?」
「何を、見ているのかと」
誰を思い出していたのですか、と。
危うくそう言いかけた。
それは、心の内側に土足で踏み込む問いだ。
白龍とて、もし同じ立場なら興味本位で聞かれたくなどない事だ。
まして、あんな表情をしていたのだ。想いを馳せていた人は、思い出は、きっと彼の中に多くの位置を占めているのだろう。
それを不躾に問い質すのは、知り合って間もない自分が聞くにしてはあまりに無遠慮だ。
だから、当たり障りのない事を口にした。
「海がさ、キレイだなと思って」
「海、ですか」
「うん」
白龍が言葉を呑み込んだことに気付いたのか否か、アリババはやはり笑って。
その手がひらりと揺れ、海原を指し示した。
水平線は遥か彼方まで続いている。煌帝国からシンドリアまで船旅をしてきた白龍にとっては、珍しくもない景色だ。
バルバッドの人間である彼にとっても、海は別段珍しい場所ではないように思えるのだが。
不思議に思う白龍に、アリババは静かな声音で言った。
「海も空もキレイで、世界は広いなって。そう考えてた」
そう言うアリババの目は、まっすぐに海を見据えている。
白龍は、その横顔を見ていた。
柔らかな黄金色をした、目だ。
憎まないと言い切り、また誰かを想い馳せるような眼差しを見せて。
その時々で宿す色は違えども、彼の目に宿る光はいつでもまっすぐだ。
どこか、眩しいと思えるほどに。
「そういや、何か用事だったのか?」
「用という程ではないですが……少し風が強くなって来たので、様子を窺いに」
「ああ、そっか。ありがとう。俺も船旅初めてってわけじゃないから、大丈夫」
笑いかけられる。
白龍自身、人に向けて笑うことは造作もない。
処世術として、人との付き合いを円滑にする手段の一つとして、笑顔を作ることは重要で容易い。
けれど、何故だろうか。アリババもそうだが、彼と共にいるアラジンも、自分に向けてくるのはそういう取り繕った表情ではない。
出会って間もない自分に対して、いっそ無防備なほどにまっすぐに接してくる。
白龍の方が、途惑いを覚えるほどに。
「アリババくーん! イルカだよ、イルカが見えるよ!」
「ホントかっ? 今行く!」
アラジンの声がした。
位置的に、船の舳先の近くからだろうか。
その言葉に、アリババがきらりと目を輝かせた。浮かぶ表情は、子供のようで。
「白龍も行こうぜ!」
「あ、はい」
声の方へ足を向けるアリババに手招かれる。
その耳を彩るピアスが、日の光を受けてきらりと光った。
まるで、何かを語るかのように。
白龍は一瞬それに目を細めたけれど。小さな光はすぐに見えなくなってしまった。
END
この後88夜に続く、みたいな。
…って別に派生小話は毎回恒例にはしませんよ? しませんったら。
あとでー88夜の感想はーあらためてー。