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その色に、焦がれるように 無前のひと。5
適当に見つけた木の枝の上でまどろみ、どれ程の時間が過ぎた頃だろうか。
ジュダルは、ふと聞こえてきた話し声に目を覚ました。
人数はおそらく二人。どちらもが聞いた事のある声だ。
シンドバッドの傍らに控えている奴と、チビのマギが選んだ王候補の――
認識した瞬間、ジュダルはがばりと起き上がっていた。
何故そうしようと思ったのか自分でも分からないまま、枝を蹴り宙へ躍り出ていた。
空中できょろりと辺りを見回し、やや離れた場所に見覚えのある後ろ姿を二つ、見つける。並んで歩いていた。
「……きんいろだ」
目にした瞬間、ジュダルは自身でも意図せずそう呟いていた。
宵闇の中とは違う、陽光の下で見る金色は。
それだけ手を伸ばしても求めても、届かないもののように、見えた。
二人がこちらに背を向けているのも相俟って、腹の底が冷えるような心地になる。
一人になる。置いていかれる。
世界から切り離されて、たった一人に。
独りぼっちで、暗い場所に。
憶えていない、思い出せもしない記憶が脳裏をちらついたような気がして、ふるりと首を振る。
言い知れぬ不安にも似た気持ちを、追いかけてくるような冷たい記憶を振り切るように、宙を蹴った。
耳元で、風がひゅるりと音を立てる。急降下しながら、手を伸ばす。
届かないのだと感じた心を、嘲笑う声を、全部振り払うように。
その肩に手が届きそうになった瞬間、隣りに立っていた人影がジュダルを振り仰ぐのが見えたけれど。
構わず、ジュダルはその金色に触れていた。
「っわああ?!」
驚いたのはジュダルに飛び付かれたアリババだ。
前触れなく顔の横から手が出てくれば、誰だって心臓が跳ね上がる。
隣りを歩いていたジャーファルが何かに気付いたように立ち止まり上を向いたから、一体どうしたのかと思った矢先の出来事だった。
「な、な、なに……っ」
「……暇」
頭の後ろで呟かれた言葉に、ぱしりと瞬く。
聞き覚えのある、声。
落ち着いて見れば、独特の腕飾りは彼ぐらいしかしている所を見た事はなかった。
「えっと、ジュダル、か?」
「ひーまー」
確認する為の誰何への答えはなく、返されたのは退屈しきった子供のような言葉だった。
途惑いつつ隣りに立つジャーファルに目を向ければ、肯定するように頷いてくれた。背後に突撃してきたのはジュダルで間違いなさそうだ。
驚いた際に跳ねた心臓を落ち着かせるように、ゆっくり息を吐く。
暇だったら人に突撃するのかお前は、と言いかけたが止めておいた。
何となく、明確な答えは得られないような気がしたからだ。
だって、いつもなら。人の顔を見るなり、なあチビは? と聞いてくるのに。
こんな風に目に見えて分かりやすく懐いてくることも、今まではなかった。
何かあったのかな、と考え、そんな自分がおかしくなる。
だって相手は、あのジュダルなのに。
煌帝国の神官という立場は勿論のこと、これまでにされた数々の仕打ちを考えれば馴れ合うなんておろか、顔を合わせることだって厭ってもいいはずなのに。
絆されている自分に苦笑して、ふと。
「……? なあお前さ、なんか……草みたいな、匂いする」
鼻腔を掠めた香りは、深い森の奥を思わせる緑めいたものだった。
肩に乗せられたままの腕に顔を寄せ、すんすんと匂いを嗅ぐ。
モルジアナのような嗅覚がなくとも分かる、どこか胸の芯が安堵するような香り。
ジュダルが香を嗜むようには見えない。だから、聞いた。
「さっきまで木の上で昼寝してたから、それじゃねえの」
「木の上ぇ? 危ない場所で寝るなあ、お前……」
「べつに。俺飛べるし」
「ああ……魔法使いって色々規格外だよな、そういうとこ」
そういえば、ジュダルは飛べるのだったと思い至った。実際目にしたこともあったのにすっかり意識から抜け落ちていた。
突然腕が出てきて驚いたのも、飛んで来られたせいで足音がなかったから気付けなかったのだ。
……それでも直前にジャーファルは気付いていたようだったから、何となく経験値の差を感じてしまう。
「なー、ヒマなんだけど」
「暇って言われても……俺は今から飯行くだけだぞ」
そもそも、それが目的で歩いていたのだから。
単に食事をするだけだ、面白いような事はないだろうがジュダルがこのまま引き下がるとも思えない。
確認するようにジャーファルと視線を合わせれば、苦笑しながらジュダルに目を向けて。
「寝ていたということはまだ食べていないのでしょう? 一緒に来ますか」
「……行く」
問いかけに、一拍置いてからジュダルはやけに素直に頷いた。
普段のジュダルを見知っている者からすれば驚くようなしおらしさだった。顔にこそ出さなかったものの、ジャーファルは胸中に広がる驚きを感じていた。
アリババへの分かりやすい接触……もっと有り体に言ってしまえば甘え方と言い、何かあったと考えるのが妥当だろう。
流石に原因までは分からないが。
驚くと言えば、アリババとジュダルの距離感にもそうだった。
ジュダルはともかく、アリババは相手に対しその立場も個人的にも色々と複雑であるだろうに。
思えばジュダルが強引にシンドリアを訪れてから、ちょくちょく付き纏われている姿を見かけはしていた。
単純に彼の傍にはアラジンがいるからだろうと、そう思っていたのだが。
考えているジャーファルの前で、圧し掛かっていた肩から離れたジュダルに、アリババが何かに気付いたような顔をして。
ちょい、と自身の髪を指し示した。
「髪、葉っぱついてんぞ」
「んー?」
「そこじゃないって、もっと下。違うもっと、ああもう、ちょっと動くなよ……ん、取れた」
アリババとジュダルでは、少しジュダルの方が背が高い。
身長差のせいでどうしてもアリババはジュダルの顔を覗き込むような体勢になる。
二人の隣りにいたジャーファルは、必然的にその一連を目撃することになった。
アリババが手を伸ばした時の、その指が髪に触れた時の、常にない程に近い距離に息を詰めるようにした、ジュダルの表情を。
「取れたって」
「……ん」
ひらり、ジュダルの顔の前で手を振るアリババと、こくんと頷くジュダルと。
彼らが死闘を演じた過去があるなどと言って、一体幾人が信じるだろうか。
ジャーファル自身、王宮での一件は目撃していない。シンドバッドから聞いた話と、目の前の二人を結びつけるのはどうしても難しいように思えた。
アリババの方はまだ分かる気もする。彼は自身の立場を理解しているし、基本的には理詰めで物事を考えられる性格だからだ。
シンドリア預かりの身である今、煌帝国の人間と揉め事を起こすのが得策ではないと思い至っていても何ら不思議はない。
ジャーファルが引っ掛かったのは、ジュダルの方だ。
彼は気まぐれで何を考えているのか分からないのが常だが、その実周囲への警戒心は強い。
にやにやと笑う目の奥に宿る、鋭利な刃物のような冷えた炎のような光はいつだって相手を見定めようとぎらついていて。
心の奥底をも暴こうとするようなその色が、正直ジャーファルはあまり好きではなかった。それはジャーファルに限らず、の事ではあるだろうが。
その、ジュダルが。子供のようなどこか無防備な表情を見せたことは、ジャーファルにただ驚きをもたらしていた。
まったく、よくよく驚かされる日だ。
「お待たせしました、ジャーファルさん」
「いえ、行きましょうか」
アリババの声に我に返ったのは、ジャーファルだけではなくジュダルも同様だったらしい。
数回瞬きをした後に、ぎろりと睨まれ、見なかったフリをしてやる事にした。
ジュダルにとっては自身の無防備さを見られたようで居たたまれなかったのだろう。年相応な一面を見れたようで新鮮かつ微笑ましかった。
歩き出すと、ジュダルはやはり大人しく二人の後ろをついてくる。
気付かれないようにそれとなく様子を窺うと、その目はやはりと言うか何というか、アリババを追っていて。
どんな心境の変化か、何が合ったのかは知らないが随分と懐いたものだ。
注がれる眼差しは、ともすれば焦がれているようにも見て取れる。
考え、笑おうとした口元が引き攣った。まさか、と笑い飛ばして終わらせるには、ジュダルには予測不能な部分が多すぎるのだ。
不安を煽られるのは、今までに見たことのないような言動を、表情を眼差しを目にしてしまったからだ。
ジャーファルはアリババの言葉に相槌を打ちながら、頭の痛くなるような問題がこれ以上増えないようにと願うしかなかった。
END
三視点分詰め込みでした。
ジュダルからは分かりやすく矢印出てますが、傍から見てる分には割とアリババくんも絆されてきているぞ、という。
孤独を抱える同士というか、段々年下の面倒みてるような雰囲気になってるのは気のせいじゃないんだぜ(笑)
まあアリババくんは、慕われたら無碍には出来ないよね、ということでした。
だって本誌であんなに突っぱねてる白龍にですら手を差し延べ続けてるからね…