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カシム追悼5・声なき慟哭
シンドバッドが煌帝国に会談の為に出国し、アラジンとアリババ、そしてモルジアナの面倒を見るように言われていたジャーファルは、国務の合間に彼らの様子を見に行くことが日課になっていた。
モルジアナは二人の様子を気にかけながらも、マスルールに師事を仰ぐ事に決めたのかよく二人で修練をしているらしい。
彼女のことは心配いらないだろう。
加えて言うと、訓練をサボりがちだったマスルールが真面目に彼女との鍛錬を行っているというのは、ジャーファルにもありがたく嬉しい話だった。
気になるのは、今回の一件で心に痛手を負ったであろう二人の事だ。
シンドリアに到着してすぐの頃のアラジンとアリババは、酷く落ち込んでいた。
部屋から出ることも殆どなく、食事も喉を通らないのかあまり摂らず。
それでも、生きていく上で食事は必要不可欠なものだし、淡白な物言いになってしまうが時間が巡れば哀しみも痛みも少しずつ薄れていくのはまた事実で。
また本人たちも落ち込み立ち止まったままではいられないと分かっているのだろう、少しずつではあるが今まで通りに振る舞おうと努力しているのが見て取れた。
最近では王宮内を散策したり、取り繕ったものではない笑顔もちらほらと覗けるようになってきた。
良い傾向だ、と思う。
喪失の痛みも哀しみも、そう簡単には癒えないものだ。
だが、逆を言えば時間と意思さえあれば、いつかは遠くなる。
苦い思い出は、永劫続くものではない。ジャーファルはそれを知っていた。
「アリババくん」
噂をすれば何とやら、ジャーファルは向かう先で佇むアリババを見つけ声をかけた。
外を眺めていたアリババが振り向き、ぺこりと頭を下げる。
「ジャーファルさん。こんにちは」
「はい。一人なんですか?」
「アラジンは今、お姉さんに囲まれて楽しそうなんで」
どこか困ったように首を傾げながら、アリババは食堂のある方向を指し示した。
シンドリアの料理は他国にはない食材を使っているものが多い。
それが珍しいのか、最近のアラジンはよく食事をしている。侍女がまた、アラジンを可愛い可愛いと構うのも理由の一端なのかもしれないが。
アリババはと言えば、最初の頃より食べるようになったし受け答えも大分しっかりしてきたものの、それでもやはりどこか覇気なくぼんやり考え事をしている姿が多かった。
憂鬱も当然かもしれない。今の彼は友の喪失に加え、生国には戻れぬ身だ。
その上その故郷は煌帝国に占領されたも同然で、憂慮に沈まずにいろという方が酷だろう。
アリババはバルバッドを生かそうと動いていただけに、その痛みは計り知れない。
バルバッドの行く末については、今煌帝国に赴きその皇帝との会談に臨んでいるであろうシンドバッドの手腕に期待するしかない。
「シンドリアは、綺麗な国ですね」
不意に、アリババが言う。
咄嗟に言葉を返せなかったジャーファルに、アリババはにこりと笑って。
「環境とか、そういうのも勿論なんですけど……ここに住む人は、笑顔だなあと思って」
「そうですか……改めてそう言って貰えると、嬉しいものですね」
「シンドバッドさんも、ジャーファルさんも、この国に住んでいる人は、この国が大切で仕方ないって顔をしてますから。そういう人が多い国だから、綺麗だって感じるんだと思います」
静かな、声だった。
ジャーファル自身、シンドリアは美しいと思う。大変なことも苦労も苦悩も多く、だからこそこの国に住む民の笑顔は何にも代え難いものだと思い、それを守るべく行動してきた。
アリババはそんなシンドリアを、人々を見て、否応無しにバルバッドの事を思い出したのだろう。
霧の団で頭領を名乗り、荒れた国を、飢える人々を、どんな思いで見て来たのか。
思い返し、シンドリアの民の笑顔を見て、何を思ったのか。
それはアリババ自身にしか分からないけれど、きっと様々な感情が胸中を過ぎったに違いない。
言葉を返そうとして、けれどジャーファルは口を噤む。
アリババの指が、その左耳にあるピアスに触れていたからだ。
口を開きかけてやめたジャーファルに気付いたらしく、首を傾げる表情はただ不思議そうなもので。
おそらく、ピアスに触れている事は意識していないのだろうと知れた。
バルバッドに激震が走った件の日から数日後に、アリババの耳に増えていた赤いそれ。
おそらくは遺品なのだろうと当たりを付けていた。
触れる指に、哀しみを感じる。
声のない慟哭。
平静を取り戻しているように見せていても、彼はまだ少年なのだ。
喪失に途惑い、傷ついているだけの。
「アリババくん。お昼は食べました?」
「えっ? いや、まだです」
「ご一緒しませんか? 私もこれからなんですが、連れを探していたんですよ」
「お、俺でよければ」
頷いたアリババを食堂に促した。
並んで歩きながら、とりとめもない事を話す。
「そうだ、アリババくんはパパゴラス鳥は食べましたか?」
「パ……? すいません、何ですか?」
「シンドリアに生息している鳥です。パパゴラス。どんな食べ方をしても美味しいんですが、そのまま焼くのが一番お勧めですね」
「果物とかも独特で美味しいですよね。つい食べ過ぎちゃいそうで……」
眉を下げ、困ったようにアリババが言う。
最近はそうでもないが、部屋に閉じこもっていた頃などは食べる事自体に罪悪感に近い思いを抱いていたようだった。
失われた命に対し、残してきたものに対し、自身の無力感に絶望を覚え。
それでも、彼は少しずつ前を向いている。
美味しい、とそう思えているのが証だ。
食事をする事、食べたものを美味しいと思えること、それは一番身近にあり、かつ手っ取り早い、生きている実感を得られる方法だ。
一番簡単に幸せを感じられる方法、とも言い換えられる。
話しながらちらりと見た、アリババの左手はもうピアスに触れてはいなくて。
少しだけ、安堵した。
END
この後食べた鳥の丸焼きに感動するアリババくんていう。
デブババへのフラグみたいな話になっちった。
アラジンの方がデブっぷりが凄かったので、先にバクバクやってたのかなーと。
…記念すべき20作品目がこれなのか…