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今日も明日も晴れますように!
それは、マスルールと一緒に居るとふとした時に覚える、妙な感覚だった。
違和感、と少し似ているようで違うような、今まで味わったことのない気持ち。
師匠と弟子として、モルジアナがマスルールと過ごす時間は比較的長い方だ。
戦闘経験豊富なマスルールとの手合わせは学ぶ事が多く、少しずつだが自身が鍛えられていくのが分かる。
今までは本格的な稽古など殆どしたことがなかったモルジアナだったが、自分が強くなり体に力が蓄えられていく感覚はどこか生きていることを再確認するような気分にも似ていた。
誰かのために強くなりたいと思える日が来るなんて、チーシャンで過ごしていた頃は想像したこともなかった。
足枷が外れてからは、それまで考えもしていなかった事が当たり前のように起こる。それに驚き途惑いながらも、モルジアナは一つ一つに向き合うようにしてきた。
正体が見えない、分からないものは、そのままにしておくから余計気になるのだと思ったからだ。
だから。
その感覚にも向き合い、目を凝らして一体何なのか見極めようとした。
けれど、どうしてか。
見ようとすればする程、分からなくなる。伸ばし捕まえようとした手の間をするりと抜けて、感情の欠片だけを残して逃げてしまう。
胸の奥が暖かくなるような、それでいて少しだけ痛みにも似た感覚は、今まで味わったことのあるどんな感情とも違った。
たとえば、荷を運ぶ時。
マスルールは当然のように小さい方や軽い方をモルジアナに持たせる。荷が一つしかなければ、モルジアナには渡さず自分で運んでしまう。
相手がアラジンやアリババなら、自分の方が力があるからと言える。だがこの場合は、力があるのは自分よりも相手だからこの言は相応しくない。
私が持ちます、と言い出すのは簡単で、けれどそれが失礼なことだったらと思うとなかなか口に出せず。
しかし師匠と弟子という立場を考えると、自分が重い方を持つのが道理ではなかろうか、とも思ったりするわけで。
聞けばいいのだろうが、どう言葉にすれば相手を不快にさせないだろうかと考えると、いつもそこで止まってしまう。
「モルさん、何か考え事かい?」
問われ、我に返った。
隣りに座るアラジンが、首を傾げながらモルジアナを見上げている。
そういえば夕食の途中だった。修業終わりに偶々出会い、じゃあ一緒に食べようという話になったのだ。
つい考えに没頭してしまいアラジンの存在をおいてけぼりにしていた。慌てて謝れば、アラジンはにこりと笑って気にしてないよと首を振る。
モルジアナはそんなアラジンの顔をじっと見つめて。
自分よりか年下だけれど、自分よりよほど表情も感情表現も豊かな、アラジンになら。
この気持ちが何なのか、分かるのではないだろうか。
的確な答えが分からなくとも、自分一人で考え込んでいるよりも何かを理解するための足がかりくらいは掴めるかもしれない。
「あのね、アラジン」
「うん?」
モルジアナは、ぽつりぽつりと思っていることを話した。
お世辞にも喋り上手とは言えないから途中で何度も言葉に詰まり、自分のことなのにちゃんと話せないのをもどかしく思ったりしたけれど。
アラジンは、モルジアナの言葉をちゃんと聞いていてくれた。
しどろもどろで支離滅裂ながらも、何とかかんとか言いたいことを全部吐き出して、モルジアナはふっと息を吐いた。
回り道も寄り道もして、挙句引き返して最初の位置に戻ってきたりもして、分かりやすい話では決してなかっただろう。
それでも、アラジンは静かに、時に相槌を打ち時に続きを促しながら、最後まで聞いてくれて。
話し終えて気付いたのは、モルジアナはただ誰かに胸の内を聞いて欲しかったらしい、という事だった。
胸の内を曝け出すというのは勇気がいることで、けれど聞いてくれる誰かの存在がこうも心を軽くしてくれるものだったなんて。
密かに驚いているモルジアナの胸中を知ってか知らずか、アラジンはにこりと笑って。
モルさんの話を聞いて僕が思ったことだけどね、と最初に注釈をつけてから、言った。
「年が上とか下とか、弟子だからとかじゃないんじゃないかな。多分、マスルールお兄さんのそれって、モルさんが女の人だからじゃあないのかなって、僕はそう思ったよ」
アラジンの言葉の意味は、モルジアナには分かったような分からないような響きで、けれどすとんと胸の奥に納まった。
そんなやり取りから数日経った、ある日の事だ。その日は朝からマスルールと修業をしていた。
手合わせをしている最中の胸中は、不思議だ。
感覚を研ぎ澄ませ、己の内に在る牙も爪も解放してやるその半面、頭のどこかは波一つない湖面でも前にしているかのように静かで揺るぎないものになる。高揚と静寂が、ごく当たり前のように同時に存在するのだ。
戦う相手と向き合いながら、何よりも自分自身から目が逸らせなくなる。
だから、その時のモルジアナは半ば頭が空っぽに近いような状態だった。勿論そんな風だったから、アラジンに言われた事などすっかり遠く抜け落ちていた。
木陰で休憩をしている時だ。
水分補給を終えたモルジアナは、ふと視線を感じた。
視線と言ってもここにはモルジアナ以外の人間はマスルールしかいない。鳥などの小動物の気配はそこかしこに感じるが、強い視線の圧力は、人間以外にはありえないもので。
見ればやはり、マスルールがモルジアナを凝視していた。
「……マスルールさん?」
何かしただろうか、途惑いながら見返すがその表情から何かを読み解くことは出来なかった。
自分も大概そうだが、マスルールもまた表情の変化に乏しい。
ファナリスって皆こうなのかしら、と思いながら、どうかしたんですかと聞いてみた。
マスルールは、少しだけ黙ってから。
「……ちょっと」
なんて、全く答えになっていない言葉を返し、すい、と手を伸ばしてきた。
その意図が分からず、モルジアナはきょとんとしたまま向かってくる手を見つめるだけになってしまう。
大きな手だった。
体格差のせいも勿論あるのだろうが、それ以上に。マスルールの手には、強さも優しさも、守ってきたものも、聞いたことはないけれどきっと痛みも悲しみも、彼が今まで通ってきた道筋の全てが刻まれているからそう見えるのだろう。
過去に受けたものだろう、幾筋もの傷跡が残っている、その手を。
モルジアナはただ綺麗だと、そう思った。
その、瞬間だった。
何故かは分からないけれど、モルジアナの脳裏を過ぎったのは、すっかり忘れていたアラジンの言葉だった。
女の人だからじゃ、ないかなって。
なんだか嬉しそうに笑っていた、その声音がまるで今し方言われたばかりのもののように甦ってくる。
……どうして、今?
途惑いながら胸中で呟いた時、マスルールの手がモルジアナの髪に触れていた。
ふわりと、まるで壊れものでも扱うかのようにそっと触れた手、その指が髪を梳くようになぞる。
そうしてから、触れた時同様に何の前触れもなく指は離れていった。
何が起こったのか分からずにいるモルジアナの顔の前で、マスルールが何かを摘まむような形にしている指先をぱ、と開いた。
そこからひらりと落ちたのは。
「花弁、ついてた」
鮮やかな萌黄色をした、花弁だった。
鍛練中にか風で運ばれて来たのかどちらかは分からないが、いつの間にか髪に絡まっていたらしい。
それを見つけ、取ってくれたのだと知る。
「ありがとう、ございます」
「いや。でも……」
何事か言いかけたマスルールが、口を噤んだ。
モルジアナの耳にもまた、マスルールを呼ぶ声が届いていた。
将であるマスルールは、兵士の訓練にも顔を出さねばならなかったりと、その実色々忙しそうだったりする。
今もおそらく、兵舎の方からの声だからその類の関係なのだろう。
「ちょっと、行ってくる」
「はい」
立ち上がったマスルールの背中を見ながら、そういえばさっきは何を言いかけたのかしら、と思う。
髪についていた花弁を取ってくれて、その後に言うこと。一体何があるだろうと思考を巡らすが、分からなかった。
戻ってきたら話してくれるだろうか。でもそう大したことじゃなければ、きっと忘れてしまう。
どうして、こんなにも。
言葉の続きが、気になっているのだろう。
自分の心なのによく分からなくて、モルジアナが途惑う心境のままにマスルールに触れられた場所に何となく手をやろうとした時。
数歩足を進めた場所で、マスルールが足を止めた。
どうしたのかと首を傾げると、くるりと振り向き。
「さっきの、続き。花弁より、きっと花の方が似合う」
「……えっ?」
「じゃ、また後で」
言うだけ言って、今度こそマスルールは兵舎の方へと行ってしまった。
残されたモルジアナは、暫し呆然としていたのだが。
ゆっくりと手を上げ、マスルールが触れていた場所に、そっと手を重ねてみる。
たった一瞬触れただけなのに、どうしてこんなに。
マスルールの言葉が、ようやく思考の中に浸透してくる。それと同時にモルジアナは頬が熱くなるのを感じていた。
「……?? ……!!??」
顔が、熱い。
花が似合うだなんて、言われたことのない言葉だった。
初めて聞く言葉のようで、すぐには理解できなかったのだ。
空いている手で頬を押さえる。やはり、熱かった。
今の自分はどんな顔をしているだろう。
なんだか、ひどく情けない表情をしているような気がしてならない。
どうして、ただの言葉で。髪に触れられたくらいで。
そう思うのに頬の熱は引かない。
まだ名前の分からない、こんな気持ちを何と言うのか。
向き合い続ければ、いつか分かる日がくるのだろうか。
その日には、どんな気持ちになるのだろうか。
少し怖いような、だけど知りたいと思う。知らないままではいられないと、強く思う。
ゆっくりと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとする。
だって、それでも。
こんな気持ちをくれる貴方と、私はちゃんと向き合いたい。
アラジンに打ち明けられたように、いつか話せるようになりたい。
話したときに、どんな顔をしてくれるのか、知りたい。
一歩ずつでも踏み出す決意を固めたモルジアナの頭上で、太陽は今日も燦々と煌めいていた。
まるでそれは、祝福の光であるかのような眩さで。
END
未満ーん。
こういうもどかしくも甘酸っぱいのが、結構好きだったりして。
モルジアナ可愛いよね…!!
モルさんを守れるぐらい強いのってもうマスルーぐらいしかいないんだよ!!
しかし、ここ二人くっついたらホント最強すぎるわ。