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あかねいろ、寂寥と。
モルジアナの主人、ジャミルは気分の入れ替わりが激しい。
ついさっきまで上機嫌で笑っていたかと思えば、次の瞬間には癇癪を起こしたように机を蹴り飛ばしたりする。
だが物心ついた頃から彼が主人であるモルジアナには、それが普通で当たり前の事だった。
ジャミル以外の主人を持った事のない彼女には、その人間性が良いのか悪いのかの判断など出来なかったのだ。
理不尽な怒りをぶちまけられた数分後には、笑顔で頭を撫でられたりする。
いちいちその一つ一つに一喜一憂することなど、とうの昔にやめてしまった。
怯えることも、喜ぶことも、意味がない。どうあってもこの足にある枷は消えないし、逃れられない。
そう知っていたから。
だから。
買い物帰り、荷物を下ろしたモルジアナがジャミルの姿を見たのは、ほんの偶然でしかなかった。
夕暮れ時。窓から差し込む西日が、部屋を、街を茜色に染めていた。
その窓際に、ジャミルが佇んでいた。
窓枠に手を掛け、何をするでもなく外を眺めている。
何を見ているのか、考えているのかは分からなかった。けれど、何故か。
その背中が、ひどく寒そうに見えた。冷え込むような時期ではないのに、確かにそう見えた。
部屋の入り口で立ち止まってしまったのは、その後ろ姿がまるでいつものジャミルのものとはかけ離れていたからかもしれない。
あれは、本当に領主さま?
尊大で恐ろしいその人が、何故だろう、ただ寂しそうに見えた。
寂しそう、だなんて。彼には最も相応しくない感情であり評価であるはずなのに。
やがて気配に気付いたのか、ジャミルがゆっくりと振り向いた。
覗くような真似をしていた事を咎められるかもしれない、怒られるかもしれない。
ジャミルには気付かれないように肩を強張らせたモルジアナを待っていたのは。
「モルジアナか……おいで」
らしくない程に穏やかな声音と、手招きだった。
辿り着いた瞬間に殴られるかもしれない、そう覚悟して近寄っていく。
ジャミルの前に辿り着き、しかし与えられたのは叱責でも拳でもなく。彼が指し示した、窓の外だった。
言われるままに外を見ると、そこからは西日に照らされた街が、迷宮が見えた。
「……?」
「見えるだろう、迷宮が。僕は、いつかあれを攻略するんだ」
今までに聞いたことのない声に、その言葉に困惑しながら横に立つジャミルを見やる。
その面には静かな決意が浮かんでいるように見えた。
出現してから今まで、誰一人として攻略した者がいない迷宮「アモン」を攻略するのだと、彼はそう言った。
「まだ先の話だけどな。お前にもいつか、話してあげよう」
それだけ言うと、ジャミルは部屋を出て行ってしまった。
モルジアナは、何も言えないままその背中を見送っていた。
機嫌が良くも悪くもない、あんなジャミルを見たのは初めてだった。
迷宮を攻略すると、そう言った時の瞳を思い出す。そこに浮かぶのは決意と、期待と、そうだもう一つ。
言い様のない淋しさのような、ものだった。
残されたモルジアナは、もう一度窓の方を向いた。
迷宮はただ静かにそこに在った。
そう遠くない時間に、日が沈み街も迷宮も等しく闇に包まれる。
彼はあの迷宮に何を見ていたのだろう。
眺めてみたけれど、それはついぞモルジアナには分かることはなかった。
ただ、いつか。
ジャミルの言ういつかの日に、あの場所に足を踏み入れることになるのかもしれない、と。
その時には、彼の見せたあの瞳の理由が分かるのだろうかと。
何となく、そんな事を考えた。
金沢はジャミル様が好きです(え? 知ってる?)
だってよくよく考えれば彼も組織の被害者だよ?!
っていう、ね。
彼の愛が支配すること、だったと考えるとなんだかもう凄く胸が苦しいわけです。
自責の念から選んだとは言え、ゴルタスが最期を共にすることは多分ジャミル様にとっては幸せだったんじゃないのかなあ。