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淋しさは分かちあえない 続・無前のひと
今日も今日とて定時に修練を終え、そのまま師匠に飲みへと引っ張って行かれた。
アリババ自身は(過去に諸々あった所為で)酒はあまり好まない。
かと言って飲まずにいると必然的に酔っ払いの面倒を見なければならなくなる。それか、絡まれる。
飲むにしろ飲まないにしろ、全てが終わって自室へと戻って来る頃には、元々の修練の疲労も相まってくたくたに疲れ切っていた。
なのに。
「……あーもー……またいるし……」
部屋に足を踏み入れ、思わず呟いたのは。
寝台から聞こえてくる寝息と、横たわる人影を認めてしまったからだ。
渋面を作りながら恐る恐る寝台に近付き覗き込んでみる。そこにはまあ予測していた人物と違わず。
「お前の部屋ここじゃねーぞー、ジュダルー」
溜め息を吐きつつ声をかけるが、その声音には諦めが大いに滲んでいた。
どうせ起きないだろうな、というのが一つ。
起きても言う事聞かないだろうな、という二つが諦めの要因だ。
特に何かしたわけでもないのに、何故いきなり懐かれることになってしまったのだろう。
考えても未だに理由がよく分からない。
以前にこうして部屋に潜り込まれてからだとは分かるのだが、あの時だって放っておいただけなのに。
きっかけは謎だが、それが継続している理由なら何となく予想がつく。
ジュダルがアリババに構っていると、アラジンがやって来る。おそらくはそれが目当てなのだろう。
「いやでも、これは、何か違う……ような?」
だとしても、誰の目も届かない寝台に潜り込んでくるのは、おかしい。
思いながら首を傾げるが、ジュダルの考えることなど本人以外に分かるわけもなく。
ジュダルのことだ、特に何も考えていない、というのも大いにあり得るのでそれ以上は思考をすることを放棄した。
起きている時ならともかく、寝ているジュダルは当たり前だが大人しい。色々と口を挟んでこないならまあいいか放っといても、と第三者がアリババの思考を知ったら騙されてるからねそれ、と突っ込まれそうなことを考え、欠伸を一つ。
アリババが溜め息を吐きつつ寝台に腰掛けても、ジュダルが目を覚ますことはなく。
前にもこうして、その時はアリババが眠っている時だったが、ジュダルが勝手に寝台に潜り込んで来たことがある。
あの時の事はアリババ自身も眠かった為にあまりよく覚えていないのだが、こうして改めて見ると寝ているジュダルはやはり平素よりも幼く見えた。
目かな、と何となく思う。
ジュダルの目には、いつもどこか狂気と混沌が漂い渦巻いているように見えるから。
それが覆い隠されているだけで、随分と印象が変わって来るのだろう。
「……つってもなあ」
本人は全くもって頓着していないようなのだが、ジュダルはこれでも煌帝国の神官だ。放っておいてもいいものだろうか。
前回も何だかんだで探されていたような気がするし、引き取ってもらえるにしろもらえないにしろ、誰かに言い置いていた方が良いのではなかろうか。
ぐるぐると、疲れているせいか動きの鈍い頭をそれでも必死に働かせていた、その時だった。
寝返りをうったジュダルの手に、がしりと手首を掴まれた。
予想もしていなかった行動に(何せ寝ているとばかり思っていた相手だ)ただ驚いていると、その手を思ってもみない程の強さで引かれた。
アリババは寝台に腰掛けていたのだから、引っ張られれば当然。
「っ、だ、わあ!!」
寝台に倒れ込むことになる。
量は多くないが酒の入っている体に、ぐるりと反転するような移動、動きは想像以上にキツイもので。
背中を完全に寝台に預けて尚、ぐらぐらと揺れる視界に暫く声が出なかった。
吐き気までは来なかったのは、幸いか。
落ち着いてくると、打ったらしい背中の痛みや脱いでいない靴のこと、そして何より唐突にこんな真似をしでかしたジュダルへの苛立ちがふつふつと湧いてくる。
「お前っ、いつから、起、き……?」
常よりも尖らせた声音で放った言葉は、けれど途中で疑問符と共に立ち消えた。
何故なら。
目の前にあるジュダルの顔は、様子は、どう見ても。
「寝て、ん、のか……?」
目を伏せた顔は、動き出すことはなかった。
すうすうと規則正しく繰り返される吐息は、眠っているものに他ならなかった。
アリババの手首をぎゅっと握ったまま、ジュダルは気持ちよさそうに寝息を立てていた。
肩に入りかけていた力が、ふっと抜ける。その時には掴まれた手は、振り払えない強さではなくなっていたけれど。
何となく、そうは出来なかった。
寄り添ってくる様子が、まるで幼子のようにも見えてしまったからだ。
「お前……どっちが、本当なんだよ?」
問い、というよりそれはただの呟きでしかなかったけれど。
眠りながら、それでも誰かを何かを求めるような仕草を見せるのは何故なのか。
握られた指が、まるで縋りついているかのようで。
触れる箇所から伝わって来るのは、言い様のない淋しさにも似た何か、のような。
考えかけ、けれどすぐに違う、と首を振った。
ちがう、ジュダルが本当の所何を考えているかなんて知らない、分からない。
近づいてくる理由も、昼と夜でまるで違う顔を見せるのも。
どうしてだかなんて、きっと本人にしか分からない。いや、もしかしたら本人にも知り得ないことなのかもしれない、とさえ思う。
そう、考えてしまうのは。
アリババ自身がまた、問答無用にジュダルを突き離せない自分に、途惑いを覚えているからだ。
仲良くなんてなれないと思うのに。
バルバッドでの事を忘れたりなんて、していないのに。
淋しがりの子供のように擦り寄られると、振り払えない。拒めない。
それは、その理由は、おそらく。
「おれが、俺も、同じだから、か」
自嘲気味に呟いた。
伸ばされる手を無視できないのは、何よりアリババ自身が言い知れぬ淋しさを身の内に抱えているからだった。
孤独なんて誰しもが抱いているのだと、理性的な部分では解している。
分かっていてそれでも尚、心のどこかが喪失に空虚に喘ぎ、嘆き、慟哭しているのだ。
言い様のない淋しさを紛らわせる、手っ取り早い手段はと言えば。
誰かの体温を、ぬくもりを感じること以外に何があるだろう。
「分かってて俺のところに来てんなら……バカでも、ないんかな」
歩む道が交わることなどなくても。
偽り同士を持ち寄っているだけの、曖昧で不条理な関係でしかない、と言われても。眉を顰められても。
それでも、寄り添い合えば幾許かのぬくもりは得られる。
意識的にせよ無意識にせよ、それをどこかで察しているのだとしたら。察した上でアリババの元へ来ているのだとしたら。
いつも何を考えているのか全くといっていい程読めないジュダルも、そう鈍くはないのではないかと、そう思えてしまうのだ。
淋しいのかと面と向かって言えば、ジュダルは首を振るだろう。
いっそ笑い飛ばしでもするかもしれない。
けれど。
縋りつくような必死さで握られる手は、言葉以上の感情を伝えてくるように思えてならなかった。
互いに持ち寄った淋しさは、分け合うことも理解することも出来なくて。
だけど、それが分かっても尚、離れられなかった。
何故なら。
「……あったかい……」
寄り添った体温の暖かさだけは、嘘も偽りもないものだったから。
寝転んだまま、何とか足を振って靴を放る。
ジュダルの目は覚めない。
アリババもまた、ぬくもりに誘われるようにまどろみの淵へと誘われていったのだった。
END
寄り添い合う淋しい子供たち。
着々とアリババくんが絆されている、ともいう。
まさかの無前のひとの続きでした。
いやぁ、あれ何か結構拍手頂いてるんでね……
好評なのかー、と。