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客と月 (まれうど と つき)
「本日から一週間、お客人がいらっしゃいますので、王子は本殿の方へは立ち入らぬように、とのお達しでございます」
「……分かった」
「では、朝の稽古にいってらっしゃいませ」
文官からの唐突な言葉に首を傾げながらも、それが決められたことであるならアリババには頷く以外にどうしようもないことだ。
何より、日々様々な訓練やら稽古事で忙しいアリババには、殆ど自由な時間などないに等しかったのだけれど。
それに。
父を名乗ったはずの王とは、王宮に連れて来られて以来、話らしい話などしていなかった。
俯きかけたアリババは、振り払うように首を振って。
今日のノルマをこなすために、ぱたぱたと足音も軽く走り去ったのだった。
一日が終わる頃、アリババは気に入っている冒険小説を片手に廊下を歩いていた。
ここに来たばかりの頃は、訓練の全てを終えるとくたくたで、すぐに寝入っていたりもしたけれど。
一年近くも生活していれば、流石に慣れるらしい。
体が成長しているせいもあるのだろうし、時間の使い方を分かってきたのも理由だろう。そう多くはないが、私事の為の時間を設けることも出来るようにはなっていた。
最近のアリババのお気に入りは、巷でも流行っているらしい冒険小説を読む事だった。
果てなき自由と壮大なロマンを語る書物は、日々の疲れを癒し慰めるには充分で。
しかも書かれていることがフィクションではないと言うのだから、アリババはすぐにその小説にのめり込んでいった。
「シンドバッドかあ……どんな人なんだろうなあ」
数ある迷宮を攻略した人なのだから、屈強な人に違いない。
いやでも、迷宮は頭も良くなきゃ進めないような仕掛けもあるから、きっと頭の回転も早いひとなんだろうな。
想像するのは楽しくて、また冒険心をかき立てられる小説は、アリババの心をひどく高揚させた。
いつか、こんな冒険に出てみたい。
無理だとは分かっていても、そんな願いを頭の片隅にそっと置いてしまう程に。
王宮のちょうど中庭に面した廊下からは、空に輝く月がよく見えた。
いつもなら、遠回りになるこの廊下を歩く事はない。
そこを歩いているのは、本殿へ近づくなと言われているからだ。
けれど、こんなに綺麗な月が拝めたのだから、逆に得をしたとでも思っておくことにする。
……そうでも思わないとやっていられない、というのも大いにあったのだけれど。
アリババは、中庭の向こう、王や兄がいるのであろう本殿を無表情で見据えて。
寂しいのではない。憎くなんてない。ただ、在るのは諦めにも似た感情だ。
自分自身を傍観しているかのように、与えられる日々を過ごす。それしか、なかった。
戻る場所なんて、もう自分にはないから。
過ぎりかけた面影を、必死に押し込めて。
「あれっ」
きょとり、と首を傾げたのは、中庭に人影が見えたからだ。
王とも兄たちとも違う姿を、思わず凝視してしまう。
長い髪に、遠目から見ても分かる、高い背。
立ち尽くしてまで、その人影に注視してしまったのは。その人物が発する強い存在感に圧倒されていたから、なのかもしれない。
あれは、誰、だろう。
抱えた小説を強く握りしめて、ハッと思い至る。
もしかしなくとも、あれが朝方聞かされた客人なのではないか。
「なんでこんなトコに出てきてるんだよ……!」
よく見れば従者らしき人物が幾人か共にいるようだが、今の問題はそこではない。
本殿から遠ざけられたのは、客人と自分が顔を合わせないようにする為だろう。
なのにこんな場所で邂逅してどうする。
アリババは書物を抱え直すと、なるべく足音を立てないようにしながら、けれど出来うる限りの速度で中庭から離れるべく疾走した。
最悪走る姿を見られても仕方ない、とにかく顔を合わせなければいいのだ、と自身に言い聞かせながら。
部屋に戻ったら本を読もう。
客人がいる間は、行動範囲が限られてくるから訓練も稽古もいつもより少し変わってくる。
ほんの少し楽な間に、冒険小説を沢山読もう。
走りながら、そんな事を考えて。
遠目に見ただけの客のことを、必死に頭から振り払おうとした。
あれは誰だったんだろう。
お手付きで生まれた俺には紹介されない、ひと。
顔までは見えなかったけれど、威風堂々とした風格は、アリババの憧れる王たるそのもので。
どれほど勉強しても、訓練しても、稽古をしても。
アリババには、いつまでたってもスラム出身の子、という評価がつきまとってくる。
俯く事はなくなった今でも、冷たい視線に痛みを感じなくなったわけではなかった。
気にしないフリばかりが上手くなっても、痛いものは痛い。
部屋に辿り着いたアリババは、書物を抱えたまま布団に潜り込んで。
寂しいのも、帰りたいのも、会いたいのも、全部全部忘れ振り払うかのように、ぎゅっと固く目を閉じた。
「忘れろ、忘れろ。何も見なかった、知らない、知らない。何も、思い出したり、してない……!」
孤独には気付かないふりをして、蓋をし続けてきた。
それでも時折、どうしようもなく湧き起こる嵐のような感情は、自身でも持て余すしかなくて。
どうして心は自分のものなのに、上手く制御できないのだろう。
あんな風に、堂々と立っていたい。
孤高の空に輝く、月のように。まっすぐに顔を上げて。
けれど今の自分では到底無理だと分かっているから、劣等感をかき立てられるばかりで、辛かった。
考えようによっては、会わないように取り計らって貰っていて良かったのかもしれない。
そう、思っておくことにする。
「…………」
音もなく動かされた唇は、けれど発する言葉も名前も見当たらず。
結局、溜め息だけが漏れたのだった。
END
「……子供がいましたね」
「ああ、いたな。そうか、あれが……」
「心当たりが?」
「少し聞いただけだがな。まあ、何も見なかったよ、俺は」
「はあ」
ニアミスってたらいいじゃない第二弾。
子アリババとシンドリア一行。
この時のシン様は尖っていそうだとは思うし、従者もいたのかどうかは分からんが。
まあ妄想だしやりたい放題。
アリババ君は最初王宮で孤独だったわけだし、回想じゃその辺さらっと流されてたけど普通に寂しかったりしたんじゃないかなあ。
3年経っても、認めてくれたのは「一部の人」だったわけだし。
そりゃ抜け出した先でカシムに会ったら色々絆されるよね…!!
(結局着地点がそこっていう)